時速100キロで衝突し裸足で逃走…別府ひき逃げ殺人事件・八田與一容疑者(29)を追うディレクターが目撃した“遺族の不条理” 「解決しない限りずっと遺族」

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──そもそもこの事件をなぜ取材しようと思ったのか?

「もともと僕が大分県別府市出身であるということがひとつ。コロナ禍なので緊急事態宣言だった時期だから繁華街も人が少なかったし、なぜこの小さな別府で。しかもよく聞くと、スマホを置いて裸足で逃げたという情報がちらちら入ってきている中で捕まってないというので『え?なんで?』というのが最初です」

谷口氏が最初に遺族の家を訪ねたのは、事件発生から半年後の2023年の年明けだった。

──ご遺族の方は最初にお会いした時はどういう感じだった?

「正直今だから言えますけど、かなり怪しいやつと思われていて。『ABEMAの谷口は実在しているのか?』と。なぜかと言うと、いろいろな怪しい人たちが近寄って来ていたんですって。探偵と名乗るような人から『一緒にやりませんか?』とか、占い師を名乗るような人から『どうですか?』みたいな。要はそれをひも解いていけば、どこかにお金を取られるというような」

──ひどいですね。

「僕も自宅に行ったときに初めてびっくりしたのが、ご遺骨が2つあるんです。今もあります。要するに納骨されていないんです。受け入れられないわけですよね」

家には仏壇はなく、骨壺が2つ祀られていた。遺影の大学生は優しく微笑んでいた。悲しみの癒えない遺族はディレクターに訴えた。それが取材のきっかけとなった。

──4年もかけて報じ続けるというのは、どういうきっかけだった?

「もちろん、悲しまれておられるというのが大前提ですけれども、多分8割9割が、警察の対応の悪さについて訴えられている、両親とも。対応してもらえなかったとか、電話しても“けんもほろろ”だったみたいなことを割と、わんさか聞いたんですよ。『え?そういうことなの?』と。僕も最初は答えを何も準備しないで行ったのに、やっぱり自然と『八田、一緒に探しましょう。僕らはメディアの力としては弱いかもしれないけども、ネットの中での展開というのは、もしかしたら広まるかもしれません』ということをその場で言ったら『是非お願いします』という話になって」

──そう思ったのはどうして?

「それしかできないと思ったんですよね。『ご遺族が大切な息子さんを亡くされて、いかに悲しんでいます』ということはもちろん、表現しようと思ったらできたと思うけど、それをご両親が望んでいないような気がしたんですよ。捜査機関でもなんでもないですけども、その言葉しかなかったかなと」

そこから番組では遺族と力を合わせ、全国各地でビラを配布するなど、事件周知の行動に出た。一方でそれは、中立という報道の原理原則からすれば、遺族側に寄りすぎる行為にも映る。しかし遺族と向き合う中で見えてきたのは、これまで報道されてこなかった不条理の数々だった。

──遺族に寄り添いすぎることをあまり良しとされないような風潮もある中で、ABEMA的ニュースショーは思い切って振り切っていると思うが、葛藤とかはなかった?

「もちろん『中立である』とか『客観的な報道である』というのはもちろん僕らも叩きつけられているし、僕も大学時代はジャーナリズムを習っていたので、そういうのもひたすら勉強させられていた側なんです。でも『伝えている内容というのは果たして中立なのかな?』ということですよね。警察側の発表を僕らは9割方伝えているんじゃないかなと。両面を見なきゃいけないんだけども、見えない片面っていうのがあるだろうと思って。そっちを主語にすると、どういう景色が見えるのかな……という風には貫こうと思ったんです。田原総一朗さんがよくおっしゃっていた『デモ隊をどう取材するか』という話があるじゃないですか。デモ隊の側から見るのか機動隊側から見るのかというので、同じ事象だけど全然見え方が違う。現実的にそれができるかと言うと、実際の仕事でなかなかできないと思うんですけど。僕としては知ってしまった者の義務を果たさなきゃいけないと思って」

警察に対し“不信感”を抱いた理由は
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