「兄が生きていたら起こらなかった」安倍元総理銃撃から4年 山上被告が語った動機

安倍元総理が銃撃に倒れたあの日から4年です。現場には多くの人が訪れ、その死を悼みました。一方、山上被告はなぜ安倍元総理に銃口を向けたのか、その動機については、いまだ明解ではない部分が残されています。今回、山上被告と面会するなど、本人への取材を重ねました。少しずつ見えてきた、事件の背景とは。

各地で追悼…被告が語った“動機”

あの日から4年が経ちました。

現場を訪れた人
「今も政治は混乱していますが、天の上から見守って下さいと。もう“神さん”になったから。そういう気持ちでお願いしました」

節目ということで、ゆかりの物などを展示した回顧展や、しのぶ会といった催しが各地で行われました。

安倍昭恵さん
「主人と生活をしていた頃を懐かしみ、悲しみが増す日々です」

こうした中、山上徹也被告は勾留先の大阪拘置所で独り、控訴審を待っています。

直筆で明かされた動機

一審で無期懲役の判決が出た山上徹也被告。今の日々について手紙の中でこうつづりました。

山上徹也被告
「日中は何か書くか、あるいは読むしか、どうやっても無理なので適応する他ありません。土日祝はラジオが終日流れているので気が紛れるのはありますが」

ラジオからは安倍元総理の話題が流れてくることもあります。

山上徹也被告
「トランプ氏への銃撃未遂や為替介入のニュース、オーストラリアでの安倍元首相の慰霊碑への献花など、心揺さぶられることが続き、平穏とは言い難い最近ですが、いずれにせよ成るようにしか成らないと考える他ないのかもしれません」

山上被告に関しては今でも多くの分からないことがあります。

現場を訪れた人
「真実を言ってほしい。ただそれだけ。本当のことを言ってほしい」
「なぜ安倍さんになってしまったんだろうということだけを聞きたい」

教団と母親に向いた必然性

なぜ殺人という凶行に走ったのか。本人はその答えを持っているのか。アクリル板越しの山上被告が記者に話したのは。

山上徹也被告
「統一教会と母親にこだわり続けたのは、それなりに必然性があってのことなんです。そうせざるを得ない事情があった」

強調したのは、母親が高額献金で自己破産するほど、のめり込んだ旧統一教会のこと。そして裁判でも出ましたが、教団に批判的だった兄の存在でした。

山上徹也被告
「兄が生きていたら全部起こらなかったことです」

母親が入信してから24年後、山上被告の兄は自ら命を絶ちました。山上被告が35歳の時でした。兄の死に対し、一審では「母親は宗教的なことで乗り越えていけるんですが、自分はどう考えていいか分からなかったことで、こだわり続けたのだと思います」としています。

山上徹也被告
「兄が死んだ時、自分があんなにショックを受けると思ってなかったんですよ。何て言うんですかね。統一教会的な考えでもあると思うんですけど、役割ってあるじゃないですか、家族の中でも。バランスをとるために。兄が亡くなってしまうのは、統一教会に対して批判していた人間がいなくなってしまう。その分、僕も兄の分を自然と僕がそうなったというか」

ただ、このようにも続けました。

山上徹也被告
「兄のためだった。でもそれが全てではないです」

一審で裁判所は、被告の生い立ちを「不遇な側面が大きい」としました。しかし、犯行に及んだことについては「大きな飛躍があると言わざるを得ず、被告人の生い立ちの影響を大きく認めることはできない」としました。

今後、新たな証言が出てくるのか。控訴審が開かれるのは、まだ先の話です。

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