崩壊した生家に「わかってはいたが…」止まらぬ涙
町の歴史を見つめてきた鏡川、生家はその川沿いにある。知人の家を前にして、「全部落ちてる」。そして生家を指さし、「ありました、あそこです。こっちから行けないよね、行けるのかな……」。人生の根っこに刻まれたその家に、近づくのが嫌だった。恐かったからだ。
崩壊した生家を見て、「これです」と息を飲む。玄関も完全に崩れ、横を通る車の音だけが響いている。隣にかかっている橋をわたりながら、池田氏はすすり泣く。「わかってはいたんですけど……。(がれきを指さしながら)これが全部家です。家が落ちた感じですね。すごいですよね」。
当時、写真館を営んでおり、着物デザイナーの道を歩む原点にもなった家。今は誰も住んでいないが、当時のまま残されていた。がれきの隙間を指さし、「だるまがある、あそこに。なんかいろいろ思い出して……」。
「そこのセメントが切れているところの下から、魚が揚がっていたんですよ。競りみたいなことをする所で。競りの声とかが聞こえてきていた、子どもの時」
人は歳を重ねるごとに、自分の原風景に心を寄せるようになる。自分は何者なのか。生家とは自分を振り返る、人生のよりどころなのかもしれない。自ら壊す原風景もあれば、壊される原風景もある。
池田氏はしばらく無言で家を見つめて、その場を後にした。「ありがとうございました。夢のような時間でした」
現在、この生家には誰も住んでおらず、物置のように使っていたそうだ。池田氏の母は引っ越しし、別の場所で暮らしている。
(『ABEMA的ニュースショー』より)
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