「ポンコツ」からの大逆転 サッカー部をゼロから発足→W杯に導いた岡野雅行氏の映画みたいな人生

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 1997年、ジョホールバル。岡野氏のゴールが日本を初めてのワールドカップへ導いた、サッカー界のレジェンドだ。いったいなぜ岡野氏の映画だったのか。監督を務めた豪田トモ氏に話を聞いた。

「岡野さんの持つ人間力を持っている人っていうのはなかなかいない。サッカー部がないところでサッカー部を作って募集してみたら、20人のヤンキー来て。練習しないでケンカばかり。初めて練習試合をしたら大乱闘。そこで岡野さんがみんなに訴える、『こんなのはサッカーじゃない』『俺はサッカーがしたいんだ』と。それでヤンキーみんながごろっと変わる。そんな人が日本代表にまでなって、日本の歴史を変えるゴールを決めて、初めて日本代表をワールドカップに連れて行くという、その落差が非常に面白い」(豪田氏)

 岡野氏は高校卒業後、日本大学に進学するも、1994年プロ入りのため中退。2013年、シーズン引退までの20年間で通算488試合に出場し、54得点を記録。日本人トップクラスの快速を武器にファンを魅了し続けた。

岡野氏のある一言がきっかけでタイトルに
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