■地雷系もおらず「身内のノリ」だった初期のトー横
Rさんが歌舞伎町に通い始めた当時は、世間で広く知られる「トー横界隈」という名称や、SNS上で動画を撮影してバズらせるといったカルチャーは存在しなかった。通い始めたきっかけについて、Rさんは次のように振り返る。
「当時はTwitter(現X)で友だちから『遊ぼうよ』と誘われ、待ち合わせ場所として指定されたのが始まりだった。その時は、TOHOシネマズ横の階段付近に集まっていた。待ち合わせていた友だちより先に複数の人がいて、『ここで合っているの?』と驚いたが、しゃべりかけてくれた。みんなでワイワイしゃべっているうちに仲良くなり、SNSを交換してまた集まるようになった」。
当時の雰囲気について、Rさんは「地雷系ファッションの人も当時は正直ほとんどいなかった。何人か自撮り界隈の子たちが加わって広がっていったのが最初だ」と述べた。
また、当時の若者たちの行動についても「当時は『ホテル暮らし』が始まった時期だったが、今よりもホテル代が高くなかったため、自分たちで費用を折半し合って集まれる空間を作っていた。大人や支援団体がいなくても、自分たちだけで完結していた」と語り、外部の介入や公的支援に頼らず、自分たちの「身内同士のノリ」で成立していた初期の状況を明かした。
■SNSによる拡大と変質…初期メンバーが離れていった理由
