「トー横」は変わった?元“界隈民”の女性に聞く「大人の圧が強まって居場所が失われた」「身内のノリ」からアングラ化への違和感

ABEMA Prime
(2/4) 記事の先頭へ戻る

■地雷系もおらず「身内のノリ」だった初期のトー横

Rさん
拡大する

 Rさんが歌舞伎町に通い始めた当時は、世間で広く知られる「トー横界隈」という名称や、SNS上で動画を撮影してバズらせるといったカルチャーは存在しなかった。通い始めたきっかけについて、Rさんは次のように振り返る。

 「当時はTwitter(現X)で友だちから『遊ぼうよ』と誘われ、待ち合わせ場所として指定されたのが始まりだった。その時は、TOHOシネマズ横の階段付近に集まっていた。待ち合わせていた友だちより先に複数の人がいて、『ここで合っているの?』と驚いたが、しゃべりかけてくれた。みんなでワイワイしゃべっているうちに仲良くなり、SNSを交換してまた集まるようになった」。

 当時の雰囲気について、Rさんは「地雷系ファッションの人も当時は正直ほとんどいなかった。何人か自撮り界隈の子たちが加わって広がっていったのが最初だ」と述べた。

 また、当時の若者たちの行動についても「当時は『ホテル暮らし』が始まった時期だったが、今よりもホテル代が高くなかったため、自分たちで費用を折半し合って集まれる空間を作っていた。大人や支援団体がいなくても、自分たちだけで完結していた」と語り、外部の介入や公的支援に頼らず、自分たちの「身内同士のノリ」で成立していた初期の状況を明かした。

■SNSによる拡大と変質…初期メンバーが離れていった理由
こんな記事も読まれています
この記事の写真をみる(4枚)
このまま画像を見る
続きは広告を見た後にご覧いただけます
クリックして広告を見る