■SNSによる拡大と変質…初期メンバーが離れていった理由
少人数の身内同士で成り立っていたコミュニティは、SNSの拡大とともにその姿を変えていった。Rさんは、人が増えるにつれて現場の空気が変質していったプロセスを次のように説明する。
「もともとは身内のノリで楽しんでいた枠組みだったが、オープンチャットやInstagramなどを通じて『どんどん人を増やそう』という動きになっていった。その結果、身内で楽しんでいた枠組みではなくなってしまった」。
コミュニティが巨大化し、当初の居心地の良さが失われていく中で、Rさんや初期からいた仲間たちはトー横から距離を置くようになった。「周りからはじき出されたというよりは、最初に作っていた側の人たちが離れていった。『もう、ここはいいや』となり、成人もしていたので、普通に別の場所で一緒に飲みに行ったりするようになった。今は同窓会のような状態で集まっている」と語り、初期メンバーが次第に現場を去った理由を明かした。
Rさんが通っていた当時、若者たちが求めていたのは「保護」や「支援」ではなく、単に同世代と集う「場」そのものだった。Rさんは、大人や行政機関との関わりについて本音を吐露する。
「当時も『大人に相談したい』とは思っていなかった。ただ『友だちと会いたい』『雑談したい』『カラオケがしたい』という思いで集まっていただけだった」。
そうした若者たちの集まりに対し、行政やNPOなどの外部組織が介入を強めたことが、かえって彼らの居場所を奪う結果になったと指摘する。
「それなのに行政やNPOなどが介入してきて、どんどん『大人からの圧』が強まっていった。その結果、自分たちの居場所が失われ、界隈がアングラ化していった。そして当時のメンバーは離れていってしまった」。
Rさんは、若者救済の名目で行われた大人の介入や取り締まりが、当事者にとっては圧力となり、アングラ化を加速させた要因であると振り返った。
■離脱後も続く友情と、現在のトー横に向けた思い
