「言いたくても言えない」歌舞伎町ビル火災で44人中11人の遺族が集団訴訟への参加を辞退…娘2人を亡くした母は「遺族が生きているうちに犯人が捕まってほしい」

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 その中で報道の前に立ち続ける数少ない遺族がいる。植田安子さん(74)はこのビルで長女の愛子さん(当時26歳)と次女の彩子さん(当時22歳)を亡くした。植田さんは「下の娘の友達から電話があって『おばちゃん、早くテレビつけてって。ビル火災で愛子ちゃんと彩子ちゃんが、あそこのビルで仕事してた』という話が分かってきた時に、一瞬びっくりしたのよね」と、その後2人の携帯を鳴らし続けたのだと当時を振り返った。

 長女の愛子さんは、いじめにあっている友人を助け、泊る場所のない新人従業員を実家に連れて帰るような人だった。次女の彩子さんは、あっけらかんとして明るく、音楽が好きだった。

 事件の後、植田さんには忘れられない出来事があったという。

「事故の後も(お姉ちゃんの)携帯に、電話が何回かかかるのよ。かかったらすぐに切れて。でも3、4回目に私が出たら男のお客様だったんだけども『愛の電話です』って言ったら、一瞬びっくりというか、まさかと思って電話をかけてきたんだと思うんだけども。その時の私がね『うちの子ね、あなたに、お客様に対してご迷惑をかけるようなことはありませんでしたか?』って。『もうそんなことは絶対になかった。仕事で悩みがあると話をしたり、相談に乗ってもらったりして、すごく救われました』って言葉が聞けたのね。私、その言葉を聞いた時にね、嬉しかったというか『ああ、良かった、迷惑かけてなかったんだな』って」(植田さん)

 娘の命を奪った火災から25年。植田さんはこう振り返る。「犯人は私が生きてる間も、亡くなってからも、多分捕まらないと思う。初めの頃は、刑事さんなんかが『グレーに近い黒はいる。だけどはっきりとした黒とは決められないので、犯人として捕まえることはできない』」。

 当時、防犯カメラは表通りに数台あるだけだった。植田さんはこの25年、答えのない問いを抱え続けてきた。「だけど、それも全然分からないから、今はただ犯人が捕まってほしい。私たちが生きてるうちに、遺族が生きてるうちに」と胸の内を吐露した。

(『ABEMA的ニュースショー』より)

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