1996年に東京都葛飾区の自宅で、上智大学4年の小林順子さん(当時21)が殺害され自宅が全焼した未解決事件から、9月9日で30年が経過した。事件発生から1万日以上が過ぎる中、順子さんの父・賢二さん(80)が、娘を奪われた苦しい胸の内と風化への危機感を語った。
夢を奪われた出発2日前 シアトル留学を目前にした無念
事件が起きたのは1996年9月9日。順子さんは自宅で首を複数箇所刺されて殺害された上、放火により自宅が全焼した。語学が得意で将来はジャーナリストを志していた順子さんは、事件のわずか2日後にアメリカ・シアトルへの語学留学を控えていた。
留学先に送る荷物の中には、渡米後に履くのを楽しみにしていた靴も含まれていた。賢二さんは「こんなのを履いてシアトルの町を闊歩するつもりだったんでしょう」と振り返り、「愛する娘・順子は、夢にまで見た海外留学を目前に突然命を絶たれ、希望を奪われました。この地から世界へ羽ばたこうとしていた一人の若者の尊い命と夢と希望を無残にも奪っていった犯人を絶対に許すことはできません」と無念を口にした。
留学直前、何気ない日常の中で囲んだ最後の食卓が、家族4人での最後の記憶となった。当時はお互いに忙しく、全員で食事をする機会は少なかったが、事件2日前の土曜日、珍しく家族4人が揃って夕食を囲んだという。賢二さんは「しばらく家族4人の食卓はお預けだなという思いの中、『体に気を付けて行ってこいよ』と声をかけたと思う」と回想する。
父親が30年間続けたこと
事件発生から30年。「あっという間という感覚と、こんなに長い時間だったのかという両方の感覚がある」と話す賢二さんには、この30年間、1日も欠かさず続けてきた日課がある。
毎朝、妻が仏壇を開けてロウソクに火を灯して祈り、家族と同じ朝食と夕食をお供えする。そして夜、就寝前に賢二さんが仏壇の明かりを消し、手を合わせて扉を閉める。
「365日×30年、計算すると軽く1万回を超える。そう考えると、途方もない時間が過ぎていった」と、娘を思い続け過ごしてきた歳月の重みをかみしめた。
マッチ箱に残された犯人の痕跡と進展する捜査
