■プライベートを犠牲にせざるをえなかった「バリキャリ」の時代
女性の社会進出が本格化する契機となったのは、1986年の男女雇用機会均等法の施行だ。しかし白河氏は、「そこからしばらく『バリキャリ』と呼ばれる人しか残ってこれなかった時代があった」と振り返る。
当時は、育児と仕事の両立を支える制度が十分に整っておらず、男性と同様の働き方が求められた。白河氏は「女性は、会社で『子どもがいるからこれはできません』『子どもがいるから早く帰ります』『子どもが熱を出したから…』など、そういうことは微塵も感じさせず『私子どもなんかいましたっけ』ぐらいの感じでやられてきた」と、かつての過酷な実態を紹介。
裏を返せば、仕事を続けるためには育児を諦めるか、プライベートをすべて犠牲にする極端な選択肢しかなかった。仕事と育児の両立に向けた転機が訪れたのは、2010年に時短勤務が措置義務化された16年前のことだ。
「時短勤務というのが措置義務化になって、それで多くの女性たちが育休からの復帰、そして時短を使い、とりあえずまずは継続していくということができるようになった。これを利用して何とか企業の中で残っていこうとされた方たちが、今度は逆に『ゆるキャリ』と呼ばれてしまった」(白河氏)
これに対し、川口氏は「いまだに第一線で活躍している均等法世代の方々は、自分が手を挙げて働くとアピールしなければ居場所がなかった。私たちが今ネオバリキャリのように働けているのは、そうした人たちが道を切り開いてくれたからであり、本当に尊敬に値する」と述べた。
現在、働き方改革が進む中で、世代間の意識も変化している。白河氏は「“モーレツ”サラリーマンの子どもの世代に話を聞いていると『自分は父親のように家庭を犠牲にする生き方はしたくない』という人が出てきた。それからもう一つは終身雇用制度が危うくなってきたこと。自律的なキャリア形成を会社も押し出していて、それに呼応するように若い世代も『もうこの会社をずっと信じてついていくことは無理だ』と思っている」と語る。
「ネオバリキャリ」を支える3つの変化と、「マミートラック」の課題
