「もう“狂気”は取り戻せなかった」朝倉未来に敗れた青木真也が試合後に語った言葉

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【映像】朝倉の左をかわして組みついた青木だったが
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 9月10日(木)京セラドーム大阪で開催された「ANGEL CHAMPAGNE presents 超RIZIN.5 浪速の超復活祭り」で、青木真也が約11年ぶりにRIZIN凱旋。朝倉未来との注目の一戦は、青木がバックポジションから仕掛けた腕十字を凌がれ、朝倉のパウンドを浴びてTKO負けという結果に終わった。

【映像】朝倉の左をかわして組みついた青木だったが

 今年5月にONE Championshipとの契約を終え、RIZINへの参戦と朝倉戦が電撃決定した青木。2024年から青木は東京と静岡の二拠点生活を送っており、週の半分を静岡で過ごしてトレーニングメニューを組み立て、43歳という年齢にも向き合いながら朝倉戦に向けて準備を続けてきた。PRIDE・DREAM時代は驚異的な極めの強さで対戦相手を破壊してきた青木だが、ONE参戦以降は年齢とキャリアを重ねるごとに、その“狂気”も衰えを見せていた。試合前に「青木真也は“狂気”を取り戻せるのか?」というテーマで取材を行った際にも、青木は「(試合に向けて)狂気みたいなものが湧いてこなかったら、湧いてこないでしょうがない」「試合当日、もっと言うなら試合開始のゴングがなった時に自分がどうなっているのかは分からない」と語っていた。

 そのうえで青木はセコンドにRIZINで活躍中の自分と同じグラップラー・鹿志村仁之介やプロレスラーの後輩たちを選び「試合当日の会場のシチュエーションに酔えたら助かるし、酔えたら楽(らく)。きっと鹿志村は青木真也の偶像を見てきた人間で、青木真也のリアルを知らないから、そういう人間が近くにいることで、俺自身がかっこいい先輩、かっこいい青木真也を見せようと思って酔えるかもしれない」と、セコンドの面々に狂気のスイッチを押す役割を託していた。

 いざ試合が始まると青木は朝倉の左ストレートに合わせて組みつき、テイクダウンを狙いながら自ら引き込んで関節技を仕掛ける。これは朝倉に凌がれた青木だが、距離を取る朝倉にすぐに組みついてバックポジションを取ることに成功。そこから朝倉の左腕に得意の腕十字を狙ったものの、いち早くそれを察知した朝倉が左腕を抜いてパンチを連打。青木が朝倉のパンチを一方的に浴び続ける形となり、レフェリストップで青木が敗れる結果に終わった。

 試合後のプレスルームに現れた青木は開口一番「完敗、以上」とマイクを持ち、記者からの質疑応答に応じた。インタビューが終わったあと、控え室に戻る途中の青木に少しだけ話を聞くことが出来た。そこで青木は打撃に対する反応が鈍っていることを素直に認め、身体的にも自分が思うようなタフファイトが出来る状態ではないことが分かったと赤裸々に語ってくれた。そして改めて青木に「“狂気”を取り戻せたか?」と聞くと「取り戻せなかったですね。やることはやってリングに上がったけど、いざ試合になったら力も出なかったし、これ以上はやっちゃダメだし、もうやらないでもいいでしょう。ただ仕事としては抜群だったと思います。一休みして、もうひと頑張りしますよ」と答えた。

 青木からセコンドを託された鹿志村は「僕はセコンド能力が高いわけじゃないので、ずっと自分に何ができるかを考えていました。(青木は)色々とブランクや勝てない時期もあったと思うんですけど、今日テイクダウンしに行く姿を見て“本気”なんだなと思いました。でもあそこでパウンドを効かされたらしょうがないですね」と試合を振り返り、11月のRIZIN.55で決まった太田忍戦に向けて「今までの自分は青木さんの真似事だったんですけど、本人から許可をもらったので、僕が青木さんのスタイルを継承させてもらいます」と青木のファイトスタイルを自分が引き継ぐと語った。

 結果的に朝倉未来との試合で青木真也は“狂気”を取り戻すことが出来なかった。そして青木が再びRIZIN、そしていつ戦いの舞台に戻って来るかどうかは分からない。しかし青木がRIZINで朝倉と戦う道を選んだことで、平日開催のドーム興行としては異例の約5万人という動員を記録し、朝倉が試合後に話した「日本の格闘技の1ページ」が生まれたことは確かだ。そして鹿志村がそうだったように、この試合を見た格闘家、そして大勢のファンに何かを伝える戦いになったことは間違いない。

文/中村拓己
©︎RIZIN FF

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