続けて「母親は朝ご飯を作って仕事に行って、病院に行って、で夕ご飯を作りに僕と兄のご飯を作りに帰ってきて、でまた病院に行って。父親がやっぱり『痛い痛い』って言うもんですから、泊まり込みで看病して。でまた朝戻ってきて僕らのご飯を作ってっていう、それが1年続いて」と、看病に追われていた母親の過酷な日常を明かした。
当時の心境について、福山は「自分が何か医学的なことができるわけでもないですし、自分の無力さで逆にイライラしちゃってて、その無力さに。何にも手がつけられない状態でしたね、自分で。で、勉強もしないし(笑)。なんか友達と、逆に友達とバンドばっかりやって遊んでるみたいに見えてたんだと思います」と吐露した。
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