「東京の方が生きづらかった」新宿2丁目→“千葉の田舎”へUターンした元ゲイバー経営者…LGBTQ当事者の苦悩と決断「ラッキーな人はいいよね」で終わらせない社会とは

ABEMA Prime
(2/4) 記事の先頭へ戻る

■「普通に生きたいと思えば思うほど、活動になってしまった」

杉山文野氏
拡大する

 トランスジェンダーであることを公表し、日本最大のLGBTQプライドパレード「Tokyo Pride」を運営する東京レインボープライド顧問の杉山文野氏は、活動を始めた経緯についてこう語る。「関わるようになったのは約20年前。本の出版という形でカミングアウトしたが、『活動家になりたい』と思ったことは一度もなく、たまたまご縁があってできることをやった」。

 「シスジェンダー(性自認と生まれ持った体の性別が一致する人)の異性愛者であれば、誰かを好きになったり、結婚したりすると『よかったね、おめでとう』で終わる。しかし、私たちは、誰かを好きになったら『気持ち悪いと思われたらどうしよう』から始まって、結婚したいと思ったら、国と戦わなきゃいけない。子どもが生まれるようなことがあれば、取材が殺到する。普通に生きたいと思えば思うほど、“活動”になってしまった」と振り返った。

 パレードの参加者は、2012年の4000〜5000人から、2019年には20万人を超えるまでに広がった。「まず『当事者の可視化』、次に『課題の可視化』を経て、やっと『具体的な課題解決』というフェーズに入ってきた」と説明する。

 その上で「婚姻の平等の実現」「差別禁止」「トランスジェンダーの性別変更」を大きな柱とする法制化が必要だとして、「たまたま窓口担当者に理解があったから家が借りられた、理解がなかったから就職できなかったという、ラッキー・アンラッキーで人生が左右されてはいけない」と訴えた。

■新宿2丁目から千葉の居酒屋へ「東京の方が生きづらかった」
こんな記事も読まれています
この記事の写真をみる(19枚)
このまま画像を見る
続きは広告を見た後にご覧いただけます
クリックして広告を見る