2023年に弟・銀次朗とともに兄弟同時世界王者に輝いた重岡優大(29)。しかし2025年5月、銀次朗が試合直後に急性硬膜下血腫で倒れ、重い後遺症を負ってしまう。優大は弟を守るため、世界王者の栄光を手放し、地元・熊本での介護生活を決断した。ABEMAエンタメの密着企画「NO MAKE」は、過酷な現実を受け止めながら前を向く兄の思いと日々に迫った。
重岡兄弟は、幼い頃から「息子を世界チャンピオンにしたい」という父の厳しい指導を受けて育った。優大は「蹴飛ばされるし、虐待みたいなことされていた。夜の9時くらいまで練習やって、帰り道、バイパスのど真ん中で降ろされるとかもありました。『俺と銀がこれだけやっていて、世界チャンピオンになれなかったら誰がなれるんだろう』と思っていました」と当時を振り返る。アマチュア時代を無敗で駆け抜けた弟に対して劣等感や悔しさを抱えながらも切磋琢磨し、2023年4月、優大はWBC、銀次朗はIBFの世界ミニマム級王座を同日に獲得した。
しかし、栄光の頂点から事態は急転する。2025年5月24日、ペドロ・タドゥラン選手との試合直後、銀次朗が緊急搬送された。病名は急性硬膜下血腫。頭蓋骨を外して開頭する大手術を受け、一命を取り留めたものの、25歳の若さで右手しか動かせず、言語障害も残る重い後遺症を負った。
優大は当時の壮絶な日々を明かした。「弟が『マジで死ぬかもしれない』というところまでいって、それが何日間も続いた。朝から晩まで銀の手を握って、目覚めていないけど声をかけ続けた。毎日飯食えないし、涙しか出ないみたいな状況だった」。その上で、弟にサポートが必要になった時の心境について「ただ一つ、『良かった』ですよ。命が助かっただけ。もう銀と一生会えなくなるかもしれないところまで来ていたので。『よっしゃ良かった、また銀に会える、毎日銀に会える』って。銀がどんな状態でも、それが強かった」と語った。
優大は銀次朗が倒れた年に現役を引退し、弟とともに地元・熊本へ帰郷。脳の障害により痒みが止まらず「背中をかいてほしい」と訴え続ける弟の背中をかき、シャワーで体を洗うなど、日常のケアを担っている。人生をかけてきたボクシングを辞めたことについて、優大は「俺は自分のことを犠牲にしても家族と弟を守ります。ボクシングを俺が一人で夢を追っている場合ではないという時点で、辞める価値はありましたね」と迷いはない。おどけてみせる弟を見て「中身がこいつのままなんですよ。だから俺も変わっていない。普通に銀と話すような感じで接している」と笑顔をのぞかせた。
■「やらなきゃよかったと思わないような人生に」
