リオ五輪の年に、12年前のアテネ五輪で生まれた流行語を使う男がいる。DeNAの山口俊投手である。6月5日のロッテ戦(横浜スタジアム)で完封し、ヒーローインタビューを受けた山口は第一声で「チョ~気持ちいい~」と絶叫。ホームスタジアムに詰めかけた約3万人の観衆は戸惑い、球場は「…え? なぜ今?」という微妙な雰囲気に包まれた。
これまで、山口はメンタル面の弱さを頻繁に指摘されてきた。自らがエラーをすると、かなりの高確率で失点に結びつく。自分のエラーに動揺し、見る見るうちに自滅していった。横浜スタジアムに詰めかけたファンの前で打たれると、観客からは溜息が漏れ、時には罵声も浴びせられる。山口は不調に陥った2013年以降、何度となくその場面に遭遇してきた。
人はよくこう言う。
「何か言われているうちはまだいい。無視されるようになったら終わりだ」
山口は完封で喝采を受けた後に、「チョ~気持ちいい~」という自分の一言で球場全体を引かせた。横浜スタジアムの熱狂は一瞬にして、冷めた。水泳・北島康介の名言をパクった山口のギャグはあまりに唐突すぎて、無視されたのである。この落差はある意味、打たれて罵声を浴びるよりもショックが大きかったのではないか。
それなのに、翌週12日のオリックス戦(京セラドーム大阪)で完封すると、またもや「チョ~気持ちいい~」と絶叫した。2週連続完封、2週連続チョ~気持ちいい。そして、2週連続観客の微妙な反応。山口は、女性インタビュアーの顔を見て反応を確かめているが、彼女は一切触れることはなく、山口の「チョ~気持ちいい~」は何事もなかったかのように流されてしまった。
本当に山口のメンタルが弱ければ、「チョ~気持ちいい~」で滑った翌週に完封して、もう一度「チョ~気持ちいい~」といえるはずがないのである。私には、2週連続で約3万人の前で堂々と滑る勇気を持つ山口が「ノミの心臓」とは到底思えなかった。
いや、山口は精神的な弱さを克服するために、あえて12年前の流行語である「チョ~気持ちいい~」を使い、観客や女性インタビュアーを引かせたのかもしれない。
2週連続で「チョ~気持ちいい~」と絶叫したことで、テレビ局も山口の「チョ~気持ちいい~」に注目し始めた。7月5日、横浜スタジアムでのヤクルト戦で完封すると、ヒーローインタビュー担当のアナウンサーは、待ってましたとばかりに聞いた。
アナウンサー:山口さん、今どんな気持ちですか?
山口俊:…チョ~気持ちいい~
スタンドは微妙な間を置き、またしても戸惑いに満ちた声援が起きた。ファンはまだ付いてきていない。しかし、テレビが積極的に取り上げたという事実は大きい。
ウケなくてもめげずに続ければ、「チョ~気持ちいい~」は北島康介ではなく、山口俊自身の言葉として認識されていくに違いない。
ダンディ坂野があまり使わなくなった「お久しぶり~ふ」をしつこく言い続け、いつの間にか自分のギャグのように錯覚させた岡本夏生パターンである。
山口が初めて「チョ~気持ちいい~」を披露した6月5日の『プロ野球ニュース』(CSフジテレビONE)で、解説の高木豊は「パクリじゃなくて、オリジナルの言葉が欲しい」と苦言を呈した。私も、もっともだと感じた。しかし、私の認識は甘かった。三田佳子の次男に対する接し方くらい甘かった。
敢えて時代遅れの「チョ~気持ちいい~」ギャグを使って滑ることで、山口のメンタルは鍛えられたのだ。
8月20日の中日戦(ナゴヤドーム)では、「チョ~気持ちいい~」効果が随所に見られた。山口は7回表、1死一、二塁のチャンスを自らのバント失敗による併殺打で潰してしまう。以前なら激しく落ち込み、次の回で崩れる場面だが、直後の7回裏を三者凡退に抑える。8回も、自身の暴投で一打同点のピンチを迎えたものの、4番・平田を見逃し三振に打ち取った。9回1死から福田に二塁打を打たれ、降板したものの、自己最多の139球を投げ、8勝目を挙げた。
明らかに、山口俊のメンタルが変わってきている。これは、「チョ~気持ちいい~」で3度も滑ったことによる賜物ではないか。
なんでも続けていくと、世間はいつの間にかその人を評価し始める。最初は誰もが違和感を抱いたダニエルカールの山形弁も、槇原敬之の顔も、今では何も言われない。慣れてくると自然と受け入れるものだ。20日の中日戦では、敵地ということもあってか、ヒーローインタビューに呼ばれた山口は持ちギャグである「チョ~気持ちいい~」を封印した。
山口の次回の登板は、8月27日の巨人戦(横浜スタジアム)が予想される。お立ち台に上がる度に、「チョ~気持ちいい~」を期待されるようになった時、彼は球界のエースになれる。
オフになったら、是非AbemaTVで、DeNA山口俊の「チョ~気持ちいい~」と投球の関係性という検証番組を作ってほしい。もちろん、ゲストには北島康介を呼び、番組の合間合間に2人で「チョ~気持ちいい~」と同時に絶叫してほしい。
文・シエ藤

