東日本大震災からまもなく6年、津波の被害から町と人の命を守る巨大防潮堤を「選んだ町」と「拒んだ町」。防潮堤がそれぞれの復興に及ぼしている影響とはー。

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■建設を選んだ気仙沼市の悩み

 死者・1214人、行方不明者・219人(2017年時点)を出した宮城県・気仙沼市は、巨大防潮堤の建設を選んだ。

 建設は気市内沿岸部65カ所で行われ、全長約40km、最大高さは14.7mに及ぶ。遠目にはそれほど高く見えないが、近づいてみるとその存在感に圧倒される。陸から海を見るには、取り付けられたアクリル板を覗くしかない。

 津波の被害に遭った街づくりの第一歩は、土を盛って海抜を上げる"かさ上げ"だ。防潮堤よりも宅地の位置を高くすることが定められているため、街づくりは防潮堤の高さが決まった後に動き始める。気仙沼市も津波に耐える街を作るため、かさ上げ・区画整理を行い、観光資源でもあった砂浜を埋め立て防潮堤の建設を進めている。

 防潮堤の建設について市民の意見は様々で、皆が納得する着地点は見えない。結果として建設は遅れ、町の復興も進まず、商店主などからは不安の声も聞こえる。

 「町の復興がご覧の通り進んでいないのでどこに行くか見当がつかない。どういう街づくりになるかも分からない」。

 今月20日に立ち退きが決定している仮設飲食店街に店を構える16店舗のうち、市が近隣に建設中の新たな商店街へ移転する3店舗を除いて、移転先も未だ決まっていないという

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 フカヒレやカツオの漁獲高日本一を誇るなど、気仙沼は漁業で栄えた町だ。マグロ漁などの会社を経営する臼井壮太郎さんは、片浜地区で建設中の高さ7.2m、全長672mの防潮堤を指差して「潮干狩りができた場所をぶっ潰してこういうのを作っているんですよ」と話す。

 臼井さん「気仙沼は海とともに生きてきて海に恩恵を受けてきた街。基幹産業は水産業、水産業の原点は漁業なんだ。漁港なんだから漁師さんたちが作業しやすい、乗り降りしやすい、荷物の受け渡しがしやすい、そういう岸壁に直さなきゃダメ。俺は高すぎる防潮堤は反対だ!」と訴え、「一律で同じ高さでやるのがおかしい。投票でもいいからみんなから賛否をとって民主的にやればよかった。このままいったら過疎化した街になる」と、防潮堤の建設によって漁業の街・気仙沼が失われてしまうことを危惧している。

 一方、津波で両親と妻を亡くしたコテージキクタ代表・菊田俊勝さんは防潮堤の建設に賛成する一人だ。「人の命がまた津波で持って行かれたら大変だ。シュミレーションされた防潮堤の計画がひとつの生活の安心・安全の担保になっている」。

 甚大な津波被害を受けた街の顔・内湾地区は高台から見る限り、復興しているようにも見えるが、街の中に入ると、未だに整備されていない土地が多く残っていることが分かる。今川悟市議は区画整理の遅れについて「気仙沼は残った施設が多かった。ただかさ上げする時に、その建物を別の場所に移して解体してからしか盛ることができない。これから解体する建物が多いので遅れてしまう」と指摘した。

 震災後1年で自宅と店を再建した洋菓子店。被災した土地でなぜ今も営業を続けているのか店主に尋ねると「ここでお得意さん取っているから。お客さんがここだと思っているから」と教えてくれたが、解体作業のあおりを受け、今月いっぱいでの立ち退きを市から求められている。移転先を探してくれるという話もあったというが「探してくれると言っても場所がない」と諦めの表情を浮かべた。

 気仙沼市出身の芸人・マギー審司さんは「気仙沼市に帰ったときに、地元の人から防潮堤に対する不満を言われた。地元の人から、不満はありつつも、こういった理由で防潮堤は必要なんだよ、という説明をされるような状況にしてほしい」と訴えた。


■女川市で復興が進んでいる背景

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 同じ宮城県でも、防波堤を作らないことを決めた街がある。震災で574人が死亡・死亡認定者は253人となった女川町だ。人口の1割を失い、街の8割が流された同町は、防潮堤を作らず町全体をかさ上げすることを決めた。

 震災復興事業を数多く手がけ、"Mr.復興"とも呼ばれる一般社団法人RCFの藤沢烈・代表理事は「女川は津波で全てを失ったことで計画的な街づくりが進んでいる」と話す。

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 一昨年完成した女川駅前にはテナント型の商店街がオープンした。震災前に街に点在していた商業施設などを一カ所に集約した商店街で、休日には多くの観光客が訪れる。全長200mの通りには海が望める店がずらりと並び、女川港で水揚げされたばかりの海産物を出す店舗や、震災後に新たに作られた「女川印」のブランド商品を扱う店舗もある。

 「震災が来る前と大分変わったね。元は寂しい街だったんだけどすごく綺麗になったんだ」と嬉しそうに語る町の人も。

 商店街には、元々地元にあった既存の24店に加え、外から新規参入した店も11店舗ある。女川産の海藻や野菜を使った石鹸を製造・販売している「KURIYA」は東京から移住してきた店だ。オーナーの厨勝義さんは「女川で活動しようと思ったのは、直接的には商工会の人から誘われたことが大きい」と話す。

 着々と復興への歩みを進める女川について、民間の街づくり団体代表・阿部喜英さん「もともとすごく賑わっている場所であれば元に戻せばいいが、女川は衰退していたので白紙に絵を描くしかなかった。だから自由な絵がかけた」とし、Mr.復興・藤沢さんは「元に戻すだけではダメだというのは他の地域も同じで、それを考えている人は各地にいるはず。でもそれをきちっと捉えて進めていけたのは女川だけだった」と説明した。

■防潮堤が優先か、復興が優先か

 津波からの被害軽減など、沿岸災害の研究を行っている中央大学理工学部教授・有川太郎氏は「改めて本当に難しい問題だと認識している。ただ、防潮堤は津波だけでなく、普段の高波や高潮を守る役割も果たすため、そういったことも踏まえて総合的に判断するべきだと思う」と話した。

 現地で取材した慶應義塾大学の若新雄純・特任教授は「気仙沼は100年に一度レベルの津波だったら防潮堤で抑えられるとして建設したが、女川は防潮堤を建てずに一度自分の街を全て手放して町全体をかさ上げすることを決めた。女川は8割の街が被害を受け、何もなくなってしまったからこそ白紙にすることによって逆に復興というより進化を遂げた」と指摘、それぞれの土地特有の事情があることを感じたという。

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 気仙沼市議で都市計画審議会の委員も務める今川悟氏も「気仙沼市が女川町と同じ地形をしていれば同じ選択をしたかもしれない。女川町に防潮堤を作ろうとしたら、海抜4.4メートルの高さとなる。しかし気仙沼市は高いところだと14.7メートルに達する。4.4メートルだからこそ可能だった町づくりであると感じる。同じ町づくりが気仙沼市で出来なかったことは悔しい」と話す。

 NHK仙台放送局のアナウンサーとして東日本大震災を取材、これを機に国会議員に転身した和田政宗・参院議員は「女川町はもともと、防潮堤を建設する予定だったが、建設することが地形的に難しかったため、とりやめた。気仙沼市は、県が防潮堤を建設します、と宣言し、住民の意見に耳を傾けずに建設を進めた。それがこの問題の核心だと思う」と指摘した。

 先週、国土地理院による地盤隆起の調査結果を受け、宮城県は建設中・未着工の防潮堤89カ所を隆起幅に合わせて引き下げる見直し案を発表した。宮城県によると、大幅な建設の遅れはなく、コスト削減と景観の配慮に繋がるという。このような見直し案を発表するならば、最初からもう少し柔軟性があってもよかったのではないか。防潮堤建設の決定に対する判断が早すぎたのではないか、という意見もある。

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 気仙沼青年会議所の前理事長・宮井和夫氏は「防潮堤の高さを自分たちで決められなかったことが悲しい。県からはイエスかノーかを迫られただけで、選択の自由は実質的になかった」と振り返る。

 これについて和田議員は「女川町が防潮堤を拒めた理由は、いち早く津波に対して対策をして、復興の目処を立てたから。県から提案されたときにはすでに、防潮堤は不必要だと答えられた。しかし、気仙沼市など、津波で壊滅状態にあった地域に、きちんとした合意形成を求めることは出来ず、県からの提案にうなずくことしか出来なかったのではないか。決定の判断が早いというよりは、決定してから住民の意見に耳を傾けて、慎重に進めていくべきであると思う」と話した。

 こうした意見について今川氏は「復興が進められているために、防潮堤を作ることが難しくなっている、というのが現在の状況。防潮堤の高さを決めなければ、建物の位置が決まらないため、遅れが生じている地域がある。念を押しておきたいのは、各所で説明会を開いており、そこで住民の意見を聞いて、防潮堤建設の賛成を得てからはじめて我々は建設にとりかかっている」とした。

 防潮堤は復興を妨げているのだろうか。震災前と去年の年間観光客数をみてみると、気仙沼市は、震災前は約250万人、去年は約120万人だった。一方女川町は震災前は約70万人、去年は40万人だった。前出の菊田さんも「宿泊客の7~8割が復興関連業者の方である。観光客となるとほとんど来ない。今後どうなるか不安」と話す。

 バス専用道路とわずかの農地を守るためだけに建設予定中の防潮堤、一本の道路を守るためだけに潮干狩りが可能な場所をつぶして作られた防潮堤等、費用対効果を考えられていないのではないか、という意見も浮上しているという。

 和田議員は「すでに防潮堤によって漁業被害も報告されている。走り出した行政(建設中・建設予定の防潮堤)を止めることは出来ないが、場合によってはベルリンの壁のように作ったものを壊すことも考える覚悟」とし、今川氏も人が住んでいない場所でも、その近くに集落があると、建設しなければならない。防潮堤の意味がなくなってしまう。また、当初100カ所ほどの建設を予定していたが、議論によって70カ所ほどに建設箇所を抑えた。これからも議論を重ねて、無駄な場所に建設することは避けていきたい」と今後について語った。

(AbemaTV/AbemaPrimeより)

(C)AbemaTV

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