勝負の分かれ目は、53分だった。左サイドから、リベリーがドリブルで中央に流れてくる。するとペナルティエリアの手前から、DFラインの裏へ緩やかにスルーパス。抜け出したレバンドフスキが、コシェルニーに倒されてPKを獲得。コシェルニーはレッドカードを受けて退場した。PKをレバンドフスキ自ら冷静に決めて、バイエルンは1-1の同点に追いつく。
前半こそウォルコットの先制で勢いに乗ると、1-5で大敗した第1戦の悪夢を払拭するかのように、アーセナルは果敢に攻めてきた。しかし、レバンドフスキが上手く誘い込んで主将を退場に追いやってからは、試合の流れはバイエルンに傾いた。テンポの良い小刻みなパス交換と、高い位置からの守備でアーセナルを圧倒する。
終わってみればスコアは5-1。アンチェロッティは第1戦で突き付けた現実を、ヴェンゲルに改めて思い知らせた。独紙『ビルト』電子版は「バイエルンの祝祭は全てのアーセナル・ファンを侮辱した」と記している。
53分のシーンに見られたように、リベリーがタッチライン際で勝負せず、中央にポジションを移すことは、アンチェロッティ・バイエルンの特徴だ。リベリーは戦術的な規制に囚われず、ピッチを比較的自由に動き回る。その姿はウインガーと言うよりは、10番タイプのゲーム・メイカー。アンチェロッティは、リベリーに全幅の信頼を置いているようである。自由こそが、イタリア人指揮官がフランス人MFに与えた戦術。その信頼に応えるようにリベリーは、守備では最終ラインまできっちり戻る。
在籍して10シーズン目になるベテランMFの出来が、バイエルンの3シーズンぶりとなる欧州制覇のカギを握っていると言えるだろう。最大限の自由が与えられているリベリー。それはつまり、ベテランが持ちうるポテンシャルを余すことなく発揮することが、何よりチームのためになるからではないか。前任のグアルディオラ監督時代には成し遂げられなかった欧州制覇の夢。リベリーも、チャンピオンズリーグのタイトルを強く望んでいる。
そして形成されつつあるレバンドフスキとのホットライン。アンチェロッティの寵愛を受けるMFのラストパスに、レバンドフスキが反応する攻撃は、とかく対戦相手にとって脅威となる。DFラインの前をドリブルで翻弄するリベリーも、ペナルティエリア近辺を広く動くレバンドフスキも、実に捕まえづらい。2人のコンビネーションで、アーセナルは崩壊したのだ。
“ホットライン”が成熟し切った時、欧州制覇は現実の物となるのかもしれない。
文・本田千尋