■「体力もまだありますし、将来については自信があります」
「一つの大きな節目ですね。長年にわたって将棋界に対する理解と支援をして下さる方々があって初めて私たちプロ棋士の存在もあるということで、日ごろから感謝しています。いずれ引退会見をする日が来るけれども、そのときはやはり感涙にむせぶこともあるかもしれませんね」。
"将棋界のレジェンド"と呼ばれる加藤一二三九段(77)が、63年間におよぶ棋士生活の幕を閉じようとしている。"ひふみん"の相性で親しまれ、テレビ番組では食レポに挑戦したり、ゲーム関連の仕事をしたりと、77歳とは思えないほど精力的に活動を続けている。Twitterも利用しており、フィギュアスケートを引退する浅田真央選手を讃えたTweetは大きな話題を呼んだ。
「今まで精一杯やってきた努力はこれからも生きてくるので、やる気を失わないで、元気いっぱい人生を進んでいきます。体力もまだありますし、将来については自信があります。引退して特別企画の対局、将棋教室、テレビ出演、公演、執筆などに時間が割けるのもメリットだと思っています」。
「私が嬉しかったのは、"お疲れ様"でしたと言ってくれる若手棋士の表情が明るい表情だったこと。そういう表情で棋士人生を歩んでくれているのは良いことだと思う」と、今後の将棋界を担う後輩たちへの思いを語る。
今月12日には将棋文化普及を目指し『加藤一二三の将棋上達教室』を開講、大人から子どもまで、加藤九段との対局や指導を楽しんでいる。サインをもらった受講生の男の子は「嬉しかったです。加藤先生は優しい人でした。強くなりたいです」と話した。
最近では、実写映画が公開された漫画『3月のライオン』などの影響もあり、将棋セミナーには若い女性の受講希望者も殺到しているという。加藤九段もカルチャーセンターで女性を対象にしたセミナーを開講。「駒の動かし方しかを知らない方もいらっしゃいますが、これから懇切丁寧に教えていけば、1年後にはかなり上達している可能性もあるので、私も張り切ってやっています。頑張ります」。
「確かに、最初は難しいと感じると思う。でも、音楽には"音痴"があるかもしれませんが、"将棋音痴"という人にはお目にかかったことがありません。年齢に関係なく、大人でも子供でも、70歳から始めても将棋は強くなるんです。老若男女問わず、面白くて楽しくて深いものです」。
■藤井四段との再戦「ますます戦う気が湧いてきた」
1940年の元日に生まれた加藤九段は、14歳7ヶ月で史上初の中学生プロ棋士になった。62年間破られることがなかったその記録が、今年ついに破られた。いま、将棋界で最も話題を呼んでいる、藤井聡太四段だ。昨年10月、14歳2ヶ月というプロ棋士になり、加藤九段の史上最年少記録を更新、現在13連勝中だ。
これまで中学生でプロになったのは、加藤九段のほか、谷川浩司、羽生善治、渡辺明の4人しかいない。いずれも名人か竜王のタイトルを獲得した、錚々たる棋士たちだ。
昨年12月に行われた、そんな藤井四段のデビュー戦の相手こそ、他ならぬ加藤九段だった。"史上最年少"と"史上最年長"、62歳差の奇跡の対決。結果は藤井四段が加藤九段を破った。
加藤九段は藤井四段について「完敗だったんですが、あとで藤井四段は、私がおやつのカマンベールチーズを食べる仕草が可愛らしかったと語っているんですね。そのコメントを聞いて、えらくゆとりがあっていいと思いました。中2の棋士が大先輩の対局中の仕草を覚えていることなんてないですよ。将棋に自信があると自ずと落ち着きが出てきます。表現力も素晴らしく、正確。2、3年したらタイトル戦に登場すると思っています」と賞賛、藤井四段との再戦を熱望しているという。
「僕、負けたんですけど、そろそろ二回目を戦いたいという気持ちが湧いてきました。引退直前だけども、特別企画が組まれたら、第二戦は勝つためにがんばりますよ」。
加藤九段のオファーを受けた藤井四段は「盤に向かって、全身でものすごい気合で指されていて、びっくりしました。あのお年で素晴らしいですね。再戦となれば、今度は先手で、自分の攻めがどのくらい加藤先生に通じるのか試してみたいですえ。もう一度あの気迫を味わってみたいです」と前向きだ。
藤井四段のコメントを聞いた加藤九段は「ますます戦う気が湧いてきた。こんな年齢差で真剣勝負が戦えるのは、将棋のほかにありません。負けたとしても、"もし自分が若かったら…"というようなことはありません」と気力十分だ。
■「私が指した将棋は100年後のファンにも感動を与えられると思う」
「将棋には抜群な記憶力が必要だと思います。私はこれまで約2500回戦っていますが、そのときの棋譜を読めば、95%くらいまではどういう考えで打ったか、内容や記憶が甦ってきますね」。
そんな加藤九段だが、今も対局前の研究と対局後の反省を欠かさず行っている。「日常生活をしている最中も常に将棋のことを考え、反省と研究をしている。普段の力を9とすると、試合で勝つ時は10の力を発揮して勝つ。練習に練習を重ねても、本番の時にその力が出るかは賭けという、大変な世界」と話し、「勝ち負けの世界で妻は神経を使っていたんですが、あるときから吹っ切れて、35歳くらいから、私が負けても明るく過ごせる心境になりました。結婚以来、妻と家族の支えのおかげです」と家族への感謝を口にした。
「プロ棋士の世界には音楽好きが多い。私もクラシックが好きだし、小田和正さんの『ラブ・ストーリーは突然に』をテレビで歌ったこともあります(笑)。音楽にはメロディとリズムがありますが、将棋も音楽と同じで、一瞬一瞬、景色が変わる、そこが魅力です。音楽は美しいメロディが"名曲"になります。漢字は違いますが、将棋も美しい手を指していけば、それが"名局"になります。バッハやモーツァルトの曲が100年経っても"名曲"と呼ばれ続けるように、私が指した将棋が100年後のファンにも感動を与えられる"名局"になると思います」と語った。(AbemaTV/AbemaPrimeより)