「観る将」という言葉を聞いたことがあるだろうか。まるで野球観戦のようにプロの対局を楽しんだり、棋士を応援したりする、いわゆる“観る将棋ファン”の略称で、ここ10年で急増したと言われている。そんな観る将の実態を探るべく、都内イベントに足を運んだ。

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 5月30日、東京・四谷にある「ねこまど将棋教室」で行われたのは、「糸谷哲郎八段、関西若手棋士躍進の秘密を語る!」と題したトークショー。平日の午前10時開始にも関わらず、約20人の観客で満席。うち半数以上が女性客だった。

  受付をしていると、糸谷八段がおずおずとやってきて「紙皿をどうぞ」と渡してくれた。この日は糸谷八段オススメのスイーツが提供され、一緒に食べながら話を聞くことになっていたのだ。将棋ファンの間では糸谷八段が無類のお菓子好きで、対局の控室などを訪問する際は手土産を欠かさず、スイーツ王子と呼ばれていることは織り込み済み。ネット中継などから得た知識で、そういった文脈も汲み取れる事情通が集まっていた。

 とはいえ、竜王1期獲得の実績があり、日頃タイトル戦でおやつを運ばれる側であった糸谷八段自らケーキを取り分けるというのは若干うろたえるものがあった。ファンにはたまらない距離の近さだ。 

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糸谷八段が地元大阪でよく購入するスイーツ

 トークは関西若手の好きな食べ物やお酒の話からスタート。「◯◯君はショートケーキ好き」など軽いジャブ的な話題もクスクスと笑い声が起こる。中には真剣にメモを取る女性も数人いた。

 わずか2メートルほどの距離ということもあり、話の合間にコメントや質問をファンからはさむことができた。「あの対局の時に出前でココイチのカレーを取った理由は?」「関西と関東で脇息(きょうそく=正座するときに肘をかけるもの)のデザインが少し違うのは何故?」など細かいツッコミが多く気が抜けない。

 大阪大学院修士課程で哲学を学んだ糸谷八段は「お酒は適量派です」「西山朋佳三段が四段になれるかですか?試行回数が多いのでチャンスあります」などと知性あふれる独特の表現で次々と質問に答えていた。

  棋士の知られざる日常話に花が咲き、果たして関西若手の躍進について聞けるのだろうかと不安になってきた頃、ある女性が「王位戦の菅井竜也七段と澤田真吾六段の戦型予想は?」と突然聞いたので「で、できる……!」と内心驚いた。ライバル関係や、個々の活躍が刺激になり、追いつけ追い越せの精神で全体の躍進に繋がっているのとの分析で、見事トークショーも終盤の着地を決めた。  

 終了後、何人かに感想を聞いた。50年前からという古参ファンの男性は、現在も月に4、5回の頻度で将棋イベントに足を運ぶ。そのうち3割は将棋を指さなくても楽しめる内容だという。10年前は女性が1人か2人だったのが、今は10倍になった。「大盤解説会では手の解説だけでなく、女性や子どもでも楽しめるような話題が聞けるようになった」。棋士のサービス精神も向上しましたか?との問いには、「全然違う!三浦弘行九段は昔は指し手を考え出すと固まって何も話さなくなっちゃったけど、今は柔らかい語り口で笑いを取りにいける。兄弟子の藤井猛九段にいじられて、成長したと思う」と評価していた。

  昨年夏に渡辺竜王を描いた漫画「将棋の渡辺くん」を“指す将”の息子と読んでファンになったという女性は、秋にイベント初参加。興味を持ったらすぐに参加できる将棋イベントが見つかるのもファンにとって嬉しいことだ。特定の推し棋士はいるものの「観ているうちに色々な人柄が知れてどなたも応援したくなる」。

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トークショーの後はサインや握手のサービスも

 たった2カ月前に将棋沼にハマってしまったという女性も。「漫画『3月のライオン』を子どもの頃から読んでいて、若手棋士とのコラボイベントのことを調べたのがきっかけ」。実際にイベントに参加して「画面越しに見ていた憧れの人が、本当に存在したんだ!」と興奮しきり。  受講した理由は「糸谷先生にお会いできるから」という声が多数。棋士と直接お話ができたり、サインをもらったりする距離の近さは芸能人と比較しても際立っている。

 しかもイベントは棋士自らプロデュースしているものも多い。今回のトークショーも、教室を主宰する北尾まどか女流二段が提案し、糸谷八段の「棋士をより身近に感じて欲しい」という思いから実現した。

 棋士たちが自分達の将棋や、将棋界に込める思いをダイレクトに届けられ、ファンからも直接フィードバックすることができる。そんな幸福な関係が、将棋界ではさらりと自然に行われていることに改めて感じ入った。 【藤田麻衣子】

(写真提供:ねこまど将棋教室スタッフ)

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