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 「最初は正気で、ドキドキして眠れなかったけど、そこから盗って盗って盗っての人生が始まる」

 「クレプトマニア」という言葉を聞いたことがあるだろうか。いわゆる“窃盗症”で、物を盗む時の緊張感や開放感を求め万引きを繰り返してしまう病気だ。世界保健機関(WHO)やアメリカの診断基準で精神疾患と定義されている。

 世界選手権で入賞した元マラソンランナーの原裕美子被告もクレプトマニアの可能性を指摘されている。去年7月、栃木県足利市のコンビニエンスストアで清涼飲料水や化粧品など2700円相当を万引きし有罪判決。さらに、執行猶予中の先月9日には、群馬県のスーパーで382円相当を万引きしたとして現行犯逮捕され、今月2日に起訴された。原被告は「店を出る前に商品を戻すつもりだった」と話したという。

 犯罪行為だとわかっていながら盗みたい衝動が止められず、再犯を繰り返すクレプトマニアについて、AbemaTV『AbemaPrime』は取り上げた。

■「家族よりももう盗れない自分になったのがショックで泣いた」

 クレプトマニアは依存症の中でも研究が遅れ、治療機関や支援体制が不足している分野だと言われている。そんな中、群馬県渋川市にある赤城高原ホスピタルは、クレプトマニアの症状が疑われる1700人以上に診療を行うなど、クレプトマニア診療の先駆けとして知られている。

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 ここで行われていた治療の1つが、MTMなる“万引き盗癖ミーティング”。患者には専門職によるカウンセリングのほか、こうしたグループミーティングへの参加が義務付けられている。

 「自分が万引きしちゃう人間だっていうのを忘れちゃうんですよね。私にも昔あったんですよ、何十回も捕まっている人と一緒にしないでよって。私まだ6回くらいしか捕まっていないよって思うけど、正直1回でも捕まれば十分ですよね。普通の人は捕まったりしないんだもん。まず盗ろうなんて思わないんだから。いま私が1番欲しいのは信用。社会的信用が本当に欲しいです」

 MTMに病院のスタッフは立ち会わず、参加者は患者のみ。誰にも言えなかった盗みたい気持ちや辛い体験を正直に打ち明ける。このほかにも、認知行動療法と呼ぶ心理教育プログラムなどの治療を行っている。

 なぜ人はクレプトマニアになってしまうのか。赤城高原ホスピタルの竹村道夫院長が調べたところ意外な原因があったという。

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 「摂食障害、特に過食症の方が多いということが分かってきた。摂食障害には拒食症と過食症があるが、両方とも生理的な飢餓感と心理的な飢餓感がある。多くの場合、心の傷やトラウマを持っていて、自分の能力や努力が報われていない気持ちがある。そのために自分の持ち物、食べ物だとか生活用品、資金といったものがなくなるのが非常に怖い。お金を払わずに品物を得たいという気になる」

 実際に摂食障害からクレプトマニアになってしまい、現在治療中のAさん(45)に話を聞いた。Aさんがこれまで警察に捕まったのは7回。「懲役1年、執行猶予3年という判決をいただきました。まだ執行猶予期間中だったにも関わらず、また万引きをしてしまって。現在はその事件の裁判が進行中」と明かす。

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 日常的に万引きを繰り返すようになった経緯について「食べるという行為に快感は(あります)。おいしいものを食べているし、お腹もいっぱいになるし。でも、実際はお腹がいっぱいになるというよりは、胃に入るだけ入れて満タンの状態にして、それを一気に吐き出すということをしていたので、食べる量もどんどん増えて。自分の手の届く範囲、目に見える範囲に物を溜め込んでおかないとすごく不安になる」と説明。クレプトマニアとの関係については「ある時、いつものようにスーパーに行って、もしかしたらこれ1個ぐらいカバンの中に入れても見つからなければいいんじゃないかと思い始めて、こっそり1個盗りました。じゃあ次は2個いける、この店ができたんだったらあっちのスーパーでもできる。そんなふうに繰り返して、店に入る時に何を盗ってやろうというドキドキ、高揚感を持ちます。そしてお店に入るとスイッチが入ってしまう。自分で止めようと思いとどまる抑制のブレーキがかけられない状態になりました」と話した。

 病院の売店でも治療のためのルールがあり、Aさんは購入した商品の数と金額を看護ステーションでチェックしてもらっている。こうした小さな積み重ねが、クレプトマニアからの回復へとつながっていくという。

 クレプトマニアの治療を5年間続けているBさん(49)は、万引きとは無縁の生活を送れるほどに回復した。通院前の自分の行動を振り返ると後悔がこみ上げてくるという。

 万引きのきっかけは摂食障害。「お腹が減ってある時パンを盗って、そこからやめられなくなりました。1個か2個いける、2個が3個いける、いける、いける、いけるときて、最後はカゴ抜けダッシュでもう何往復」と振り返る。友人や家族は気付きながらも怖くて言えなかったといい、「家にはお金以上のものが溜め込まれていった。押入れの中も腐ったロールケーキとか、とりあえず置いておくことだけで満足」と明かした。

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 Bさんが最後に捕まったのは、平成24年8月。その後、この病院でクレプトマニアだと診断された。Bさんは捕まった時の心境を「悔しい。腹立たしかった。なんで捕まってしまったんだろうと。泣いていたのは、大好きなタダで手に入るパラダイス人生が終わっちゃったなと。家族よりももう盗れない自分になったのがショックで泣いていました。それぐらい万引きをやめられなかった」と告白。そして、病気だと診断された時には「安心したというか、病気がそうさせてたのかなと。この病院に入院させてもらったのが6年くらい前。ありがたかったです。そう言われてホッとした」という。

 竹村院長は「この窃盗症の方々が病気だから犯罪ではないと言っているのではない。犯罪だが病的な要素が大きいので、単にこの人たちを罰するだけでは解決にならない。だから治療という選択肢を入れていった方がいいのではないかと言っている。窃盗症の刑務所内、矯正施設内での治療は甚だ貧弱で、なかなか難しい面もある」と話した。

■クレプトマニアの男女比は男性1:女性3

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 アメリカの精神医学会のデータによると、クレプトマニアの男女比は男性1に対し女性3。女性の比率が高いことについて、クレプトマニアの疑いがある被告人の弁護にも携わる林大悟弁護士は「摂食障害を合併している方が多いことも理由の1つかもしれない。摂食障害の患者さんには女性が多いというのがあり、私の依頼者も9:1で女性が多い」と説明する。

 摂食障害とクレプトマニアの関係については「摂食障害の方で『どうせ食べて吐いてしまうものにお金はかけられない。私の胃の中はゴミ箱』とおっしゃる方がいる。大量に食べて吐いてしまう。だから家計が追いつかない。食費が追いつかない。癖になってしまうとどんどん立場が悪くなって、刑務所が見えていても、また刑務所を出た後でも止まらなくなってしまう」と述べ、徐々に悪化していくと指摘した。

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 また、元経産省官僚でコンサルタントの宇佐美典也氏は、ギャンブル依存症の患者会のアドバイザリーを務める立場から言及。「ギャンブル依存症は今のところ完治という概念はなくて、1日1日止めるということを続けていく。ギャンブル依存症はギャンブルに触れないことができなくはないが、買い物はしないと生きていけない。クレプトマニアには難しさがある」と述べた。

 赤城高原ホスピタルでは2~6カ月の入院治療を行い、ミーティングは週17回実施。カウンセリング、集団精神療法などを組み合わせて治療する。また、自助グループ活動、回復途上者からのメッセージを重視して治療に応用している。

 集団ミーティングの重要性について林弁護士は「竹村先生の話だと、患者さんと患者さんを引き合わせることが大事だと。医者では治せないとおっしゃっている。患者さん同士の話し合いを通じて、心の傷への共感とか、自分だけではないという孤独感の解消で自尊心を高めることが回復の一歩になる。仲間を裏切れないと言う方もいる」と説明。

 加えて宇佐美氏は「依存症の方は、やってはいけないことを続ける自分が嫌い。その状態を脱して、自分を好きになれるというのが回復。だから、やらせないんじゃなくてやらない自分を愛せる状態をコミュニティで作ってあげる考え方が大事」と述べ、林弁護士も「おっしゃる通り。万引きを『手放せる』という言い方をする。やらないとかやらせないというよりも、万引きが必要なくなるという考え方」と賛同した。

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 林弁護士は刑罰に頼るのではなく、罪を犯した原因など被告が抱える問題の解決策を探り、更生を後押しする「治療的司法」という考え方を紹介。「従来の刑事司法は、万引きなどの犯罪行為に見合った責任を負わせるという“応報”の考え方。過去を見る後ろ向きの考え方。これも大事だが、治療的司法というのは、この被告人をどうトリートメントして、社会に復帰させるか。再犯を防止するかという未来志向の刑事司法」と必要性を訴えた。

(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

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