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 地下鉄サリン事件からまもなく23年。オウム真理教が起こした数々の凄惨な事件の裁判は今年1月に終結した。麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚を含め、最終的に死刑が確定したのは13人にも上る。そのうちの一人、井上嘉浩死刑囚が14日、地下鉄サリン事件と目黒公証役場事務長・仮谷清志さん拉致監禁事件について再審請求を行ったことがわかった。井上死刑囚は「死刑を免れたいわけではなく、事実が違うことを明らかにしたい」と話しているという。

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 松本死刑囚の三女である松本麗華さんは「父が地下鉄サリン事件を首謀したのかということを父自身に語ってほしいし、そういうつもりでオウムを作ったのか、オウムの人たちが犯罪に走っていくのをどう思っていたのか、さまざまな疑問が残ったまま」と話す。その上で、一審の途中から沈黙したままの松本死刑囚に適切な治療がなされ、真実を語ってもらい、改めて責任が立証されるのであれば死刑も受け入れるとしている。

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 16日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、オウム真理教事件の残したもの、そして今も残る課題について考えた。

 オウム真理教の内部を取材したドキュメンタリー映画『A』で知られる森達也氏は『メディアから"麻原彰晃の一審判決公判を傍聴しないか"という誘いがあって傍聴した。初めて麻原を見たが、びっくりした。刑務官らに支えられながら出てきて、椅子に座ると、ずっと同じ動作を繰り返していた。顔を掻いて、首元を触って、顔をくしゃっと歪ませる、その繰り返し。典型的な拘禁反応の発作だろう。さらに大小便は垂れ流し状態で、おむつをつけていた。つまりほとんど意識はない状態で、記者たちも"わかってないよね"と話していた。しかし、そのことは決して報道されず、ニュースでは顔を歪ませた法廷画を使って"遺族を嘲笑""高笑い"などと報じていた。メディアは"麻原憎し"の世相に迎合していた」と振り返る。

 松本死刑囚の公判は、一審だけで終わっている。

 森氏は「二審の東京高裁は弁護団が控訴趣意書を提出する前日になって棄却を決定した。完全なだまし討ちだった。"戦後最大の犯罪"と言われる事件の首謀者の裁判が一審だけで終わっている。彼はほとんどまともなことを話しておらず、動機が分からない。それは事件が分からないのと同じだ」と指摘する。また、このとき弁護団が依頼した6人の精神科医の鑑定結果は、「被告は心神喪失状態で訴訟能力を失っている」状態であり、うつ・幻覚・妄想等の症状が現れる拘禁反応については一刻も早い治療が必要で公判は維持できないというものだった。一方、東京高裁が依頼した精神科医による鑑定では「偽痴呆症(認知症を装っている)で訴訟能力あり」とされたため、一審判決の死刑が確定した。

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 「詐病(偽痴呆症)だという根拠は、一日目には目の前で振ったボールペンに反応しなかったが、翌日にはボールペンを握ったので、握れることを隠しており、きちんと意識がある、というもの。つまりは話せないふりをしているというものだ。それなら物を握ることができれば訴訟能力があるということになるし、極端な話、二歳の赤ん坊でも訴訟能力ありになってしまう」(森氏)。

■疑問が残る松本死刑囚の公判 

 また、地下鉄サリン事件について首謀者と認定された点にも疑問が残るという。事件2日前、警察の強制捜査を回避するためサリンを散布するという謀議が、松本死刑囚の主導のもとリムジン車内で行われたとされている。しかし、その場にいた人たちは「聞こえなかった」と証言している。この「リムジン謀議」について森氏は「裁判では聞こえなかったということにしているが、リムジンはほとんど音がしないし、教祖が話しているのに、その周りにいる弟子たちが『聞こえませんでした』はありえない」と指摘する。

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 「地下鉄サリン事件についていえば、麻原が指示を出したという証拠・物証は全くない。唯一の証拠はリムジン謀議と、刺殺された村井秀夫幹部が顔を上に向け、"尊師の指示だ"とボディランゲージで示したという話だけ。サリン事件以外にもたくさん事件があるが、麻原は現場にいない。事件を主導していたことは間違いないと思うが、背景にある宗教としての側面をもっと見つめた方がいいと思う。宗教というのは時として、善良な、優しいままで人を大量に殺すことができてしまう装置になる。また、麻原の目が見えなくなったことも大きなポイントだったと思う。新聞を読めない、テレビを見られない麻原の代わりに側近たちがメディア化し、いかにオウムが危機的な状況にあるのかを麻原にインプットしていった。その結果、麻原の中で危機意識がどんどん上がってしまった。そうした側面もあったと僕は思っている」。

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 さらに森氏の『A4または麻原・オウムへの新たな視点』によると、地下鉄サリン事件をめぐって「実行犯がどのようにサリンを渡されたか」「どのように車両内でサリンを散布したか」「なぜサリン散布を実行したか」といったことが明らかになっている一方で、「麻原がなぜ無差別殺人を指示したか」「麻原は何を達成しようとしていたのか」「何を考えていたか」ということについては不明なままだという。「94、95年は麻原にとって絶頂期。TVにも出て著名人の対談相手に選ばれるなど、VIP扱いだった。信者もどんどん増えている時期で、なぜこのような凶悪な事件を起こすことを思いついたのか。どう考えてもこんなことをやったらオウムは終わりだ。なぜやったのか。その理由は全く分からないままだ。裁判では、間近に迫った強制捜査の目をかわすためというのが前提になっている。その井上嘉浩死刑囚の証言も二転三転していて、根拠になりえない。動機を最も知っているのは麻原彰晃だが、彼は一言も語っていない」。

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 森氏はこのような矛盾点や不明点から、「麻原裁判は、やり直されるべき」だと強調する。

■中川死刑囚、早川死刑囚が語ったこと

 中川智正死刑囚とこれまで14回にわたって面会、オウム真理教の生物化学兵器について聞き取りを行ってきたアンソニー・トゥ米国コロラド州立大学名誉教授は「中川さんは、"麻原でないと知らないことがたくさんある。だから説明してくれたらいいな"と言っていた。私が、高学歴の信者たちが、なぜ麻原に帰依したのかと尋ねると、中川さんは"麻原は非常に説教が上手で、中身も深いから聞くと非常に感動する。また、麻原は非常に怖い人でみんな怖がっていた。僕も怖い"と答えた。さらに"なんで殺人なんかに走ったのか"と聞くと、"麻原が言うことはオウム真理教のためにもなるし、社会のためにもなるという考えでした。初めから殺人をするためにオウムに入ったわけではない。それは他の人も同じです"と言った」と明かす。

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 また、早川紀代秀死刑囚の死刑確定前の2005年、手紙のやりとりをした所太郎氏は「松本被告は、自分が、「人類のカルマを清算する地球規模の救世主である」という考えから、神が自然災害によって人々のカルマを清算する(殺害する)ように、サリンやボツリヌス菌毒で人々のカルマを清算しなければならない(殺害しなければならない)と考えるに至ったと思いますし、私達弟子達は、そういうグルのグル幻想を共有していたがゆえに、グルの考えに従い、大量ポアの指示も、従順に実行してしまったと思います」との一節を紹介した。

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 オウム真理教が残したものについて森氏は「オウム以降、人々のセキュリティ意識が上がった。監視カメラが急激に増え、セキュリティ関連企業のCMも増えた。理由の一つは、あれだけの報道があったのに、動機が分からないため、日本人全員が他人に恐怖感を抱いたまま来てしまった。その結果、異物を排除しようとしたり、同調圧力が強くなったりするなど、色々な副作用が出てきた。まさに今の日本のゆがんだ状況は地下鉄サリン事件に端を発していると思う。その意味でも、なぜサリン事件が起きたのか、どのようなメカニズムで起きたのか。犯人たちは凶暴で、マインドコントロールされていたからあんな事件を起こしたのではない。善良で純粋なのに、なぜあんなに凶悪な事件を起こしたのかということをしっかりと考えないと、また同じことが起きてしまう」と語った。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)


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