西日本豪雨の影響で、今も各地で断水が続いている。大雨の被害が出始めた5日、先月27日から審議されてきた「水道法改正案」が衆議院を通過した。
衆議院厚生労働委員会で加藤厚労相は「水道施設の老朽化が今後ますます見込まれる一方で、人口減少に伴い料金収入が減少するとともに事業を担う人材も不足するなど、水道事業は深刻な課題に直面している。このような状況を踏まえ、水道事業の広域連携や多様な官民連携を進めるとともに、水道事業者等に対し、水道施設の適切な管理を求める等により水道の基盤の強化を図るためこの法案を提出した」と、法案の意義を説明している。
与党・公明党も、この法案を強く推進している。7日、公明党の山口代表は大阪北部地震で老朽化していた水道管が破損、高槻市などで一時9万戸以上が断水したことを挙げ、「水道管の老朽化に対応する水道法改正も今国会で実現させなければならない」としている。
一方、法案に盛り込まれた、水道事業の運営を民間業者に任せることができる仕組み(コンセッション方式)に野党から多くの反対意見が上がっている。
4日の衆院厚労委員会で国民民主党の山井和則議員は「世界の流れを見たら民営化だったが、かなり失敗事例が多いということが明らかになっている」と指摘、翌日の衆院本会議でも立憲民主党の武内則男議員が「コンセッション方式を導入したフランス・パリ市では市民生活に大きな影響が出て社会問題化する事態となり、2011年に再公営化されるという結果になっている」とした。
実際、1980年代に民営化したフランス・パリ市では水道料金が2倍以上に高騰、財政の不透明さが利用者の不満を招いたことから2011年に再び公営化している。他にもドイツやアメリカ、南米、東南アジアの国々で、料金の高騰やサービスの低下などで民営化された水道の再公営化が進んでいる。
こうした懸念に対し、高木厚生労働副大臣は4日の衆院厚労委員会「コンセッション方式は、地方公共団体が引き続き水道事業の継続に責任を持つものであり、水道事業を民営化するものではないが、海外での水道事業の再公営化事例を踏まえたうえで制度の検討を行ったところだ」と説明している。
■「コンセッション方式」の課題と対策は?
1960年代に整備された社会インフラの多くは耐用年数が50年程度に設定されており、全国各地でトンネルや橋の点検・修理が急務となっている。しかし財政難に悩む約6割の自治体は「補修不可能」と回答するなど、2020年代には全国で一斉にインフラ老朽化時代がやってくる見通しだ。これは上下水道も例外ではなく、水道管の更新率は2015年で0.74%にとどまるという。
加えて自然災害による水道被害の頻発、水道職員の減少、人口減少による料金収入の減少によって、水道料金は値上げ傾向にあるのだ。
13日放送のAbemaTV『AbemaPrime』に出演したグローバルウォータ・ジャパン代表の吉村和就氏は、「今、水道事業は三重苦だ。老朽化、お金がない、人がいない。設計から建設を行ってオペレーションまでやってきた人たちが定年退職で辞め、技術の継承者もいない。今のままでいくと日本の水道は成り立たなくなる。水道法を改正せず、今まで通り自治体がやっても値上げは避けられない」と話す。
元経産官僚の宇佐美典也氏は「自治体のノウハウというのはなかなか全国に広まっていかないという課題がある。また、公務員の人事ルールでは柔軟な人事運営ができず、技術の伝承の上でも問題がある」と指摘する。
そこで、改正案に盛り込まれた「広域連携の推進」「官民連携の推進」が必要になってくるというのだ。今年4月、全国に先駆けて下水道処理事業でコンセッション方式を導入した静岡県浜松市では、効率化によって向こう20年間で87億円(14.4%)のコスト削減が見込んでいると算定しているという。
この「コンセッション方式」について吉村氏は「今まで東京都であれば東京都が浄水場を作って水を配り、料金を徴収していた。これがコンセッション方式になると所有権と許認可権は公が持つが、施設の更新や料金の徴収といった実作業や災害対策を民間業者が担うことになる。ただ、何と言っても災害大国である日本では完全に民間に受け渡してしまう欧米型のコンセッション方式は日本では成り立たないだろう」と話す。
その上で「道路の下の水道管敷設を民間がやろうとすると固定資産税がかかってきたり、道路の使用料を払ったり、ということになる可能性もある。さらに問題なのは、民間企業になると儲けの出ない仕事はしなくなる可能性がある。広域化してパイを大きくしていかざるを得ないし、マーケットとして魅力があるのは、人口50万人以上の政令都市。1400ある自治体の内、8割は給水人口が5万人以下だが、これらが切り捨てられる可能性もある。また、大都市同士は災害時の支援協定を結んでいるが、民間企業の場合、無償では手伝いに行かないかもしれない。今回の法案にはそうした問題点があるにもかかわらず、審議時間も少ない状態で法案が通ってしまった。厚労省は法案が通ってから委員会を作って検討するということにしているが、危ない」と指摘。2000年~2015年の間に世界37か国の235事業が民から官へと戻ったとし、「これが世界の流れ。日本は逆の動きをしている」と話した。
課題の多いコンセッション方式だが、吉村氏は「勝算はある」と話す。
「非常にうまくいった例は、イギリスのサッチャー政権が始めた水道民営化だ。これは2000あった水道事業体を21の会社に受け持たせ、広域化を行った。その上で、国がチェック機関を3つ作った。一つ目がOfwatという、会社の経理の中身にまで入れる権利を持っている調査機関。それからDWIという、水質を確認する機関。さらに面白いのが、税理士、法律の専門家、ジャーナリスト180人が入ってこの2つの機関をチェックするCCWaterという機関だ」。
宇佐美氏は「似たような例では、日本でかつて成功した事例があった。それは電力業界だ。戦前に乱立していた電力会社が成り立たなくなってきたので、一度集約し、戦後に9分割して国が財政支援し、経営に踏み込んでインフラを整備した。この仕組がまた古くなってきたので、今度は電力自由化にした。歴史的に経産省はそういうノウハウを持っているので、やっていけると思っている人は多い」とした。
■日本の水が外資系に乗っ取られる?
立憲民主党の武内議員は「命の水を売りとばす。ましてや外資に。到底容認することはできない」と、"水メジャー"と呼ばれる大手外資企業に日本の水が乗っ取られるのではないかという懸念を示している。
宇佐美氏によると、こうした水道民営化の動きの源流には、経産省による水ビジネス輸出構想があるのだという。「ある人に"工業用水の処理に将来いくらかかるかを計算したが、どう考えても無理だ。海外のように大きい会社が出てこないとダメなんじゃないか"と聞いたことがある。その人は、日本には世界に通じる濾過技術やそのための素材がある。これを機に、日本も水メジャーを作って海外進出してはどうかと構想していた」と振り返る。
吉村氏は「私は経産省の水ビジネス国際展開研究会の委員をしていたが、日本は濾過のための膜技術で世界の約4割を押さえている。日本にはいい技術があって、水を必要としているASEAN諸国に出ていきたい。ところが日本に外資が入ってくるのはダメだというのは国際的に見ておかしい話。むしろ対等に戦ってビジネスをする必要がある。今、世界の水メジャーと呼ばれるフランス系のヴェオリア・ウォーターやスエズ・エンバイロメントは水だけで年間1兆5000億円の売上がある。日本の水道料金は全て合わせて約2兆3000億円なので、この2社が来ると日本の水道を全部任せてよいということになる」とした。
西日本豪雨の被災地では20万戸以上が断水したままだ。大規模な土砂災害に襲われた広島県呉市の天応地区の住民は、数日ぶりの断水からの回復に、「本格的に(水が)出た」「うれしい。すごい恵みの」とにこやかな表情を浮かべた。嬉しさのあまり蛇口から水が出る様子をスマホで撮影していた人もいた。
吉村氏は、「国民の命に直結するのが水道で、水は国家の安全保障だ。私は40年以上水に携わっているが、それからみるとあまりにも急に出てきた」と、法案の慎重な審議を求めた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)