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 来年4月30日に退位される天皇陛下。1990年、日本国憲法下で初めて天皇に即位され、以来30年間、「象徴天皇」として歩んでこられた。

 生前退位によって天皇陛下は「上皇陛下」に、皇后陛下は「上皇后陛下」になられる。皇室典範によって天皇の終身在位が定められた後、日本で「上皇」が誕生するのは初。江戸時代の光格天皇(1771-1840、院政期間1817-1840)以来約200年ぶりとなる。

 初めて目の当たりにする「上皇」という存在に、私たちはどのように向き合えばいいのだろうか。8月8日に『上皇の日本史』(中公新書ラクレ)を上梓した、歴史学者で東京大学史料編纂所の本郷和人教授に話をうかがった。

――歴史上、生前退位は当たり前のように行われてきました。現代における生前退位はどのような意味合いを持つのでしょうか?

 非常に難しいところは、日本の伝統的な上皇の在り方。歴史の授業では「院政」を行う存在として上皇を習うが、日本はポストではなくてそのポストにいた人間にこだわりを持つ。例えば、豊臣秀吉は甥の秀次に関白の位を譲って「太閤殿下」となったが、権力は手放さなかった。日本は常にそういう形で動いてきているから、天皇が位を降りて上皇になり、自分の子どもや孫が天皇になった後も、上皇の方が偉かった。

 これは世界を見ると当たり前ではなくて、中国もヨーロッパも「王様」をやめたらただの「人」になる。皇室典範がつくられた時は、そうした在り方をみて天皇の「終身在位」が定められた。その後、初めて上皇という存在が出現するわけで、ではこれから「天皇」と「上皇」の関係をどう位置づけるのか。日本の伝統的な在り方をみると上皇が上だけど、世界的に考えると今は天皇の方が上になるはず。そこがどうなるのかは非常に難しい。

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――200年ぶりの「上皇誕生」は、歴史学ではどのように捉えられていますか?

 上皇は当たり前にいたので、歴史学的にはなぜそこまで騒ぐのだろうと。だけど、近代日本は法律、皇室典範が強く働いている。天皇陛下がお体を気になさって退位を望まれるのは誰しもが納得することだけど、そこで退位ができないのはやはり法律の不備。皇室典範をどうするかというのは問題になったが、特例法で対応することになった。それは一体なぜなのかということが問題。

――日本の「象徴」として、天皇陛下はどのような“天皇像”を形成されたと考えられますか?

 まったくモデルがないことにチャレンジされたのだと思う。昭和天皇はいわゆる“君主”として、太平洋戦争が終わった後も自分が“王様”であることに疑問をお持ちではなかったんだと思う。そういった証言はあって、昭和天皇は亡くなるまで日本を背負って生きてこられたと言える。

 天皇陛下はそれを見られていて、憲法に規定されているところの「象徴」とは何なのか、象徴としての「天皇」とはどうあるべきなのかということを積極的に考えられたのではないか。だから、被災地をお回りになられたり、困っている人がいたらすぐに駆けつけられたり、そうしたことを次々になさっておられる。天皇陛下は国民と同じ目線で語りかける、象徴としての「天皇」をとてもお考えになられたのではないか。

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――天皇陛下がお務めされた「平成」はどのような時代だったと言えるのでしょうか?

 一言では言えない「混迷」の時代だったんだと思う。「昭和」と聞いた時に「右肩上がり」「高度経済成長」といったイメージはみんな見えていて、「昭和文学」のように「昭和○○」というのはいろいろなところで使われていた。ところが「平成○○」というのはあまりない。

 教え子の鈴木洋仁くん(事業構想大学院大学准教授)が言うには、平成というのは“核”がない。どんな時代だという捉え方ができない、どんな時代かわからないことが特徴なんじゃないかと。渦中にいるからわからないのではなく、10年、20年経っても混沌とした見えてこない時代だったんじゃないかと言っている。その中で、天皇陛下は国民とともに歩もうとされた、一緒に苦労しようとされたのではないか。

――天皇陛下がお年を重ねられ「職務を全うできない」という事態は今後も考えられると言及されています。「特例法」による生前退位は今後の“前例”になりえるのでしょうか?

 今回は天皇陛下のご体調もあり“まったなし”の状況ではあった。それで特例法という形に落ち着いたわけだけど、皇室典範に書かれている皇室の在り方は明治時代のもので、現代の状況とは完全に乖離してきている。

 時代が変わった中で、例えば女性の地位が向上して、今の社会ではそれが当たり前のこととして受け止められている。男女平等という大きな問題と皇室典範をみた時に、皇室典範を見直した方がいいのではないか、男子系統しか許されていないのは疑問に思う。ヨーロッパでは、最初に生まれた子どもが男女関係なく王位継承権を持つが、日本はそこを受け付けていない。基準が非常にあいまいで、広く意見を集約できない状況にある。

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――天皇陛下は「上皇陛下」となられた後、どのように過ごされるのでしょうか?

 上皇陛下と天皇陛下がどのような関係になられるのか、これから宮内庁などが中心に考える。国事行為は天皇陛下がおやりになられると思うが、どういう形で上皇陛下がお助けされるのか。そこが焦点になると思う。

――では、私たちは「上皇」とどのように向き合うべきなのでしょうか?

 今後、上皇陛下としてどのような活動をされていくのかが、これからの天皇像にもすごく影響するのではないかと思う。僕らも学んでいくしかない。

 NHKが調査した「日本人の意識」を見ると、昭和末に天皇について「特に何とも感じていない」と答えた人の割合が、平成になると「尊敬の念をもっている」方に動いていて、これは天皇陛下のご活動が国民に届いているということ。「上皇」としてどういう在り方を切り開いていかれるのか、それを我々はご信頼申し上げるしかない。

――次の元号はどうなると思いますか?また、4月30日までどのような点に注目するべきでしょうか。

 元号は、数ある候補から懸念点を排除して残ったものに決めるというのが、昔の貴族のやり方だった。「平成」もとても良い意味だけど、つちへんを付けると「平城」ということで、平城天皇(806-809)が「藤原薬子の乱」で失脚したように終わりが良くないということから、その伝統的には付けられない。「平成」もある意味新しい付け方で、次の元号は歴史学者では推測できない。

 天皇陛下が退位される姿は、いろいろな形でセレモニーがある。着ているものから全てに意味があって、何かしらの意図がある。それを細かく見ていくと、政府が何を考えているのか、天皇陛下、上皇陛下にどのような役割をしてほしいと思っているのかが少しわかってくる。

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・本郷和人

歴史学者、東京大学史料編纂所教授。専門は日本中世史。著書に『上皇の日本史』(中公新書ラクレ)、『天皇はなぜ万世一系なのか』(文春新書)など。AbemaTV『けやきヒルズ』のコメンテーターを務める。

(撮影:林和也)

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