28日の放送をもってAbemaTV『AbemaPrime』を卒業するテレビ朝日の小松靖アナウンサー。AbemaTIMES編集部では、企画段階を含め、3年余りインターネットテレビのニュース番組に携わってきた小松アナに、今の心境を聞いてみた。
■本放送4日目に起きた熊本地震の記憶
小松アナがAbemaTVに関わるようになったのは、開局よりも半年以上前の2015年6月頃のこと。パイロット版番組に参画、そして翌年4月から始まる新番組の担当をするように告げられた。それが『AbemaPrime』だった。2年半の放送の中でも印象に残っているのは、インターネットテレビの強みが発揮された災害報道だという。
「4月11日にAbemaTVが開局、『AbemaPrime』の本放送も始まりましたが、熊本地震はその3日後に発生しました。前震は放送中のことで、発生直後から速報を流し、そして10月から僕の後任になる小川彩佳アナが出ている『報道ステーション』のサイマル放送に切り替えました。地上波は番組編成に合わせて放送をしていかなければなりませんが、我々はニュース専門チャンネルなので、とにかく行けるところまで行こうと。」
AbemaNewsチャンネルでは翌15日夕方までの約21時間、CMを挟まない緊急編成で地震情報の放送を続けた。さらに15日の『AbemaPrime』、16日未明の本震から翌週18日まで、49時間あまりにわたって地震情報を伝え続けた。
「初動はテレビ朝日のインフラに乗っかる形で伝えましたが、翌15日、”じゃあ『AbemaPrime』では何か出来るだろうか”と議論しました。例えば天気予報で言えば、隣のアプリをタップすれば詳しい気象情報などは確認できます。ニュースアプリも多いですし、むしろ地上波以上にインターネットテレビの競合は多いとも言えるわけです。その中で我々を選んでもらうためには、やっぱり即時性しかない、ライブしかないと。そこでパーソナルな"情報支援"をしたいと考え、"今必要としているものは何ですか?欲しい情報はなんですか?"と呼びかけ、ハッシュタグ"#今必要としていること"を付けて投稿してもらったものを番組でご紹介しました。どの程度お役に立てたかは分かりませんが、AbemaTVがパーソナルメディアであるスマホで見るものだからこそ発想できた試みだったと思います。テレビを作ってきた人間でも、そんな風に思考回路を変えていけるということが印象的でしたね。
もちろん開局前の試験期間もあったので、スタッフの人員配置など、体制はある程度出来上がっていました。それでもあれだけの大きな災害にどこまで対応できるのか、AbemaTVというメディアが問われる試金石になったと思います。もちろんテレビ朝日の地上波をそのまま手元のスマホで見ることができたという形ですが、それができたのもAbemaTVのインフラが整っていたからだと思います。リアクションは本当に大きかったですね。テレビ朝日の報道の体制に裏打ちされている即時性と、家の外にいて、テレビが無い環境でも見られる利便性。"助かります"という声もいただきました。」
■ギリギリまで”抵抗”した北海道地震の取材
卒業まで1か月を切った今月6日には、奇しくも故郷である北海道を大きな地震が襲った。番組スタッフに促され、悩みながらも翌日には地元・札幌に入り、被災者たちを取材した。しかし小松アナの表情は苦渋に満ちていた。
「家族とも連絡が取れないし、正直、個人としてはすぐに札幌に飛んで行きたい気分でしたよ。それでも"行ってほしい"と言われて真っ先に思ったのは、"この取材、いるのかな?"ということでした。そもそも僕はこの番組を成立させる立場。これまでの流れで言えば、現地からの情報と専門家の方々のご意見を効率的に、最大限お届けするのが僕の役割だとすれば、ベストな配置は絶対に東京のスタジオだろうと考えていましたから。
すでに中継レポートを行ってくれる『イケキャス.』の青峰佑樹君が函館に、AbemaNews専属の辻歩君が札幌に入っていましたし、楪望さんだって待機しています。“それなのに、なんで俺が行くの?行く意味は何?"と尋ねました。するとスタッフは”故郷だからです"と言うんです。そこで私情を挟むわけ?じゃあ故郷じゃなかったら行かないのか?と。熊本地震の取材にも行きましたが、発災から1年後のことでしたし、他の災害の被災者の方々がどう感じるだろうか、視聴者の皆さんへの裏切りになるのではないか、と。
しかも出発は翌朝一番の飛行機で。”飛ばないかもしれない状況なので、函館に入って陸路で行くかも"って言うんです。ものすごく遠いですからね。北海道の広さをなめんじゃねえよって(笑)。」
“最終的には求められている役割を果たすのもプロの仕事だろう”、そう考えて北海道行きを決めた小松アナ。”自分たちがこの便に乗らなければ、他の方が乗れたはずだ”。そんな思いも抱えながら、新千歳空港に降り立った。やはり感じたのは、"これ、いるのかな?"ということだった。
「各社のクルーが混雑ぶりを取材し、我々もコンビニの長蛇の列を撮りましたが、明らかに通行の邪魔になっているんですよ。お話を伺おうとして、何人もの方に断られました。喋るメリットが無いですよね。"何分くらい待っていますか?"って、見りゃわかるじゃん、カメラなんて向けられたくないよ、と。どうしてもそういう気持ちが入っちゃって、災害報道は向いてないなと思ってしまいました。
もちろん現場の映像があってこそ大変さが伝わる部分もあると思いますし、被災地以外の人たちの「大変な思いをしている、なんとかしなきゃ」という思いに繋がるのであれば、報じる意義もあるでしょう。だけど、最初から強い画や困っている人を探しに行くっていうのは、本末転倒じゃないかと…。」
最後まで“報道従事者としてどうあるべきか”という葛藤は消えなかったようだが、オンエアでは「行ってよかった」ともコメントした。視聴者からも、出身者ゆえの説得力があったという評価の声も寄せられた。
「行ってよかったですね。行ってよかった。あれだけ反対していたのに、自分の判断って、たかが知れているなと反省しました。今後の仕事にも生きてくると思います。視聴者や番組スタッフの意見に対して、改めて素直な気持ちでいなければいけないと気づかされました。自分の心にある程度"枷"のようなものがかかっている状況でなければ、新しく見えてくる物もないのかもしれないなと。」
■”誰が興味あんの?"という固定観念が怖くなった
番組では通常のニュースに加え、患者数が極めて少ない難病、差別や性の問題など、幅広いテーマを特集してきた。
「地上波でやるにはあまりにも対象者、関心を持つ人が少ない話題ではないかと、というものもお伝えしてきましたね。それでも僕が思った以上に多くの方が見てくれました。
テレビっていう、マスメディアの中でも特に影響力の大きな場所で20年近くやってきたせいか、多くの人が関心を持っていることを、より多くの人に訴求するのがマスメディアでしょという感覚がこびりついていました。"そんな話題やるの?""誰が興味あんの?"と否定から入ってしまう自分の固定観念が怖くなりました。マイノリティというのは、その絶対数が少ないからこそマイノリティなわけで、商業的な成功や大勢の関心を引くことだけを考えていると、本当に光が当たらない人たちが出てきてしまいます。人に物を知らせる役割って、本来は売れるからだとかフォロワーが多いからとかっていうことだけではないよな、と。
サイバーエージェントの藤田晋社長は、AbemaTVを“マスメディアにしたい”とおっしゃっています。確かに、時にはテレビ以上の影響力を発揮する瞬間もあったと思いますが、「マスメディア」が誰もが必ず触れるメディアだとすれば、まだまだそこには到達できていませんし、そうなるまで一緒にやり遂げたいと思っていた僕としては"道半ば"の卒業です。それでも、どこかの小さな会場で開かれたシンポジウムで議論されていたような話を、これだけ認知されたプラットフォームでやってみて、予想以上に関心を持ってくれる方がいることがわかったのは大きな収穫ではないでしょうか。」
■いかに視聴者に参加したいと思ってもらえるかが大事
これからのメディアや報道のあり方を考える企画にも度々チャレンジした。小松アナはAIのアナウンサーと、読みの速さ・正確さを競う実験にも参加した。タレントなど、局アナ以外の人たちが報道番組を担当することも珍しくない今、アナウンサーの役割をどう考えているのか。
「アナウンサーって何?と言われれば、正しい日本語を臨機応変に使い、的確に進行できるスペシャリスト。そのスキルに裏打ちされていなければ”ただの人”なので、その場にいちゃいけないんじゃないかと思います。
一方で、ゴールは内容がより多くの人に届くこと。だから喋りのプロではない人でも報道のキャスターは立派に務まるでしょうし、お笑い、タレント、アイドルがキャスターをやること自体を批判しても本質的にはあまり意味がない気がしています。ただ、それでもキャスターはアナウンサー出身者がやったほうがいいという議論が出て来るのは、やはりそのプロフェッショナリズムが問われているからなのだろうと思います。
『AbemaPrime』の場合、専門家の意見を引き出し、意見を交換させていくスタイルですが、同時に、いかに視聴者に参加したいと思ってもらえるかが大事だと考えてやってきました。それが"見たい"というモチベーションになるはずだからです。例えば考え方が2通りある場合には、両サイドから公平に話を聞き出して、効率よく議論を進める。そして、見ている人に"そうなんだよ。それが聞きたかったんだよ"と思ってもらえる。そして視聴者の人生が豊かになるようにする。それが役割ですかね。
もちろん、このテーマを議論する時に欠かせない視点は何かと、事前に調べて盛り込みますが、全体の進行を滑らかにすることとは別に、見ている人の気持ち、視点も盛り込んでみようというのはありましたね。コメント欄を見ていると、スタジオで話をしている人たちと同じく声を上げていますから、”みなさんも参加していますよ”という意思表示として、ぶっ込んでやろうといつも思っていました。"あんまりそれに引っ張られすぎんな"とよく言われましたけど(笑)。でも、だったらコメント欄いらないじゃんって。」
その過程で嬉しかったこと、楽しかったことは、やはりそのコメント欄や、Twitterを通じた視聴者との「繋がり」だったという。視聴者のつぶやきに、さらに自分の思いを乗せてゲストにぶつける小松アナの様子を見て、後任の小川アナは「明らかに覚醒したと感じた」と話している。
「覚醒したんですかね(笑)。変わったのは変わったんでしょうね。局アナが自分の言葉で話す場面というのはあまり無く、決まったことを読んだり、決まった段取りに沿って進めたりすることが多いですから。もちろん、原稿のないレポートや実況の仕事もありますけど、そこにはそのアナ独自の言葉や感性はそんなに必要とされていないし、むしろ邪魔になるとさえ思っていました。僕も『AbemaPrime』に入った当初はそうでした。でも、どうして変わったのかなあ。いつの頃からか、それだけだと…と。自然と、こっちの方が視聴者にとって面白いと感じ取ったんでしょうね。”らしくないことをする”、という番組のカラーもあったのかもしれません。ももクロをめちゃめちゃ応援しているという部分も出していきましたしね(笑)。
■とんでもないことをやり続けて欲しい
いよいよ今夜、AbemaPrimeを卒業する。来週以降も番組に携わるスタッフに伝えたいことは何かと尋ねてみた。
「走り始めた頃、僕たちはどこに向かっているんだろう、見ている人は本当にいるのかな?という感じで、手探りもいいところでした。テレビにいた人間として、"テレビを相手にテレビみたいになりたい"なんて、普通に考えて難しくない?と。それでも、”何か面白いことをやっていれば人は付いてきてくれる”というスタッフの信念とエネルギーに突き動かされてここまで来ることができました。感謝しかないですよね。
不思議とみんな生き生きしているんですよ。まだ誰も足を踏み入れてないところを切り開く喜びを感じるんでしょうね。ニュースなので、地上波とやっていることはそう変わりません。それでも未開の地を開墾し、生活が営めるようにする、そのプロセスの先陣を切っている感覚が楽しいんだろうなって。そして人々が噂を聞きつけて、遠路はるばる見にやってきてくれる。視聴率が20%取れた嬉しさとも違う、血のたぎるような興奮と喜びがあります。
僕らにとっては"あるある"なんですけど、大体1年も経つと一回りして、疾走感が落ち着いてきます。制作サイドにも”何をやっていいか困る”という空気も出てきましたね。いよいよ"慣れ"というか、"新しいメディアが新しい視点で"ということ自体が古くなり、マンネリズムに陥ってしまうというか。でも、『AbemaPrime』のアイデンティティというのは、頑張って捻り出す作業の中から出てくるんだろうと思います。
だから皆さんには最初の気持ちを忘れずにやっていて欲しいし、こっちが気にかかってしょうがないぐらいノリノリで仕事をしていて欲しいです。”大丈夫?地上波で楽しくやれてんの?”って。とんでもないことをやり続けて欲しいし、ネットで話題になったり炎上したりすることが、僕が地上波で頑張る原動力にもなると思います。
あっ、でもこれだけは言っておきたいです。自分で言うのも変だって分かっていますが、こんなに皆さんに大事にしていただいて、とてもありがたいんですけど、僕としては日常の『AbemaPrime』の1日として最後のオンエアを終えたいんです。大好きなドラマの最高のラストシーンが終わった瞬間に、”新番組は!”って予告が始まるじゃないですか。あの時のなんとも言えない気持ちがイヤなんです(笑)。この番組は週明けからいつも通り続くわけですし、番組にはむしろこれからもっともっと愛されて欲しいですから。クライマックス感はあまり出さず、でお願いします(笑)。
▶28日(金)21時からは小松アナ最後の出演
▶来週1日(月)は小松アナ名場面集、2日は小川彩佳アナが初登場、お見逃しなく!
▶小松アナ出演のテレビ朝日『ワイド!スクランブル』はAbemaNewsチャンネルでもご視聴いただけます!
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