「まさに時が来たということ。その時にお声がけして、選んでもらって良かったなという感じ」。そう語ったトヨタの豊田章男社長に、「すごいと思う。これだけ世界の王者のトヨタさんが気軽に心を開いて一緒に新しいことをやっていこうと」と応じたソフトバンクグループの孫正義代表。日本の時価総額1位と2位の企業が共同事業を始めるというニュースは衝撃をもって受け止められた。
提携話は半年ほど前にトヨタ側から持ちかけられたという。「えっ、マジかって感じ」と笑顔を見せた孫代表の脳裏には、20年前、当時は課長だった豊田社長にネットディーラーのシステムの商談を断られた思い出がよぎったのかもしれない。そんな豊田社長も、「"トヨタとソフトバンクは相性が悪いのでは?"という噂が巷ではあったようでございます。その証拠に、Yahoo!で『豊田章男』と検索してみてください。私のしかめっ面がたくさん出てきます」と話し、会場の笑いを誘った。
そんな2社がなぜ連携することになったのか。また、その先にある自動車産業の未来とは。
■孫社長と豊田社長の"胸の内"は
豊田社長は「自動車業界は今、100年に1度と言われる大変革の時代を迎えている。その変化を起こしているのは、"CASE"(=コネクテッド、自動化、シェアリング、電動化)と呼ばれる新技術の登場だ。これにより車の概念が大きく変わり、競争の相手も、競争のルールも大きく変化している」と熱弁を振るった。世界に目を移すと、GoogleなどのIT企業が自動運転、電気自動車などに積極的に参入しており、もはや自動車会社は情報化、自動化、電動化された「モビリティ」、つまり移動性をトータルに捉えたシステムとサービスを提供することが不可欠になってきた。豊田社長の決断も、そうした認識にもとづくものだったようだ。
『2022年の次世代自動車産業』の著者で、立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「自動運転の分野ではGMが世界トップで、2019年には自動運転を実用化すると発表している。そのGMが前日、ホンダと提携を発表した。そういったニュースも、危機感を露わにしてきたトヨタ社長を後押ししたのではないか。会見でも、トヨタ自動車の前進が自動織機の会社だったことを強調していた。これまでの自動車産業とは違う、完全なモビリティカンパニーになると心の底から宣言したのだと思う」と話す。
そんなトヨタにとって、配車サービス「Uber」に代表されるライドシェア、自動運転、EV、コネクト、半導体、AIなどの分野で提携・出資を行ってきたソフトバンクは、新しい時代のモビリティを生み出す格好の相手だったといえる。ソフトバンクも宮川副社長が「日本の自動車産業は世界に誇れる産業。しかし、自動運転になっていく際に米国、欧州、中国の会社の勢いをみるとソフトバンク単体での勝負は難しい」と指摘している。
元ソフトバンク社長室長で"孫正義氏の右腕"として活躍した嶋聡氏は、ソフトバンクにも危機感があったはずだと指摘する。「iPhoneを導入してスマホ革命をした孫さんは、今度は自動車が情報端末、スマホになる。iPhoneがライフスタイルを変えたように今度は自動車が変える、と考えているはずだ。ネットにおけるGoogleやAppleのように、おそらく車をプラットフォームとして捉え、それを押さえようと思っているのだろう。自動運転の次のポイントがライドシェアだが、すでにソフトバンクは人口1位の中国でDiDi、2位のインドでOla、3位のアメリカでUberに出資している。3年くらい前から、トヨタのライバルがGoogle、Appleになると言われていたが、まさにそれが現実になった」。
その上で今回のタッグについて、「豊田さんと孫さんは歳も近く、これからの自動車産業についても議論をしてきた。鉄道の時代を制したのは馬車の時代のトップではなかった。もちろん普通の自動車の時代であれば当然トヨタがトップだが、次の時代はどうなるかどうかわからない。豊田さんもそうした課題に非常に熱心だったが、トヨタさんはあれだけ大きい企業なので、舵を切るのはなかなか難しい。電気自動車の場合も、部品が少なくなることで協力企業の3分の1くらいが必要なくなってしまうので慎重だった。ところが今回は一気に舵を切った。だからこその、孫さんも"えっマジか"と思ったのだろう。やり出したら早いトヨタの社風、auよりも進んでいて、決断も早すぎるくらいのソフトバンクの社風はバランスもよく、良いコンビネーションかもしれない。win-winだ」と評価した。
慶応大学の若新雄純特任准教授は「トヨタは良い自動車を作りすぎたと思う。うちの親は15年前に買ったクラウンに乗っているが、まだピカピカで何の問題もないので、買い替えられないじゃないかと思っていた。しかし、最近のビジネスモデルはソフトやアップデートごとに端末を買い替えるところにお金を払わせる。今までの自動車であれば修理はするがあまり買い替えはしなかった。ところがスマホの場合、壊れていなくても新機能やソフトへの対応のために買い替える。いずれ、"俺の車、そのアプリ入んねえ!"ということで買い換えるようになるのでは」と話した。
田中氏は「欧米では個人の乗用車の稼働率は3~5%。ライドシェアにすれば24時間走らせることができるので、高い車を買っても経済合理性はある。2大ライドシェア会社の一つ、アメリカのLyftは、2025年までにアメリカでは所有の世界がなくなるというアグレッシブな予測を立てている。価値観としても、これからシェアリングは進んで行くだろう。また、日本でも鉄道会社や通信会社などが取り組んでいるが、一つのアプリで交通機関をつなげてしまうサービスを提供する構想もあるし、スマホのアプリで呼ぶだけでなく、話かけるだけで来るような世界が想定されている」と話し、嶋氏は「自動運転の普及によって、いずれは運転免許がただの身分証明証になるだろう(笑)」と予測した。
■2020年に向け、制度設計を促進させる効果も?
新会社「MONET Technologies」の出資比率はソフトバンク株式会社が50.25%、トヨタ自動車株式会社は49.75%となっており、代表取締役社長兼CEOには現ソフトバンク副社長の宮川潤一氏が就任。ソフトバンク側が事業を主導していくとみられる。
その宮川氏はプレゼンテーションで「高齢化社会」というキーワードを挙げ「買い物をするのが不便な方は820万人もいると言われている。高齢者の事故も多くなってきて、免許を返す方もたくさん増えてきたので、その手段もどんどん奪われている」と指摘した。そこでトヨタが開発を進めている「e-Palette」という自動運転を含めた次世代型の電動車両を用いて、2020年代半ばまでに自動走行中の車内での診察、注文された料理を調理しながらの宅配サービス、"買い物弱者"のための移動コンビニなどを構想しており、これらの事業に関する需供予測をソフトバンクのAI技術で分析するのだという。
そこでトヨタの友山茂樹副社長と共に「課題だ」と口を揃えていたのが、日本の法規制の問題だ。嶋氏も日本政治の対応の遅さを指摘したが、田中氏は「東京オリンピック・パラリンピックがあり、そこで自動運転のショールームをしようという目標は掲げている。そこから一気に社会実装をスタートするくらいの意気込みでやってほしい。その意味で、今回の合弁の動きは政府に対しても手を携えて対応していこうという意思に溢れている」との見方をしめした。
今回の会見の中で孫氏は「自身の頭の中には第2弾、第3弾もある」と、次の一手を示唆している。田中氏は「ライドシェア会社だけでなく、電力や通信の分野での共同事業の展開はありえる」と話していた。(AnemaTV/『AbemaPrime』より)
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