まったく無名の新人がFリーグで大暴れして、半年後には日本代表としてW杯のピッチに立つ――。今もなお語り継がれる伝説的な鮮烈な衝撃なデビューを飾ったのが、シュライカー大阪のキャプテン・小曽戸允哉だ。その名前をもじった“オソドリブル”はフットサル界の流行語にもなった。
そんな小曽戸は11月18日にFリーグ300試合出場を達成した。Fリーグが開幕してから2年目以降にデビューした選手で、300試合出場を達成したのはバルドラール浦安の藤原潤に次いで2人目だ。35歳になった今も、Fリーグの最前線で走り続ける小曽戸が明かす、アスリートの“長寿の秘訣”とは。
様々なことを経験してFリーグに成長させてもらった
「デビューしてから300試合まで、あっという間に過ぎてしまったなという感じです。ただ、ここまで来るのにたくさんの人たちにサポートしてもらって、支えてもらった結果なので改めて感謝しかないです」
DUARIG Fリーグ2018/2019 ディビジョン1 第22節 名古屋オーシャンズ戦でFリーグ通算300試合出場を達成した小曽戸允哉はこれまでの11年間にわたるキャリアをそう振り返った。
また、リーグが創設されて2年目以降でプレーする選手としてはGKの藤原潤に次いで2人目。フィールドプレーヤーとしては初となる。「家族であったりたくさんの人のサポートのお陰で、大きなけがも少なかったので一番思うのは『感謝』です」と偉大な記録を支えてくれた人たちへ感謝の意を何度も口にする。
そんな小曽戸は2008年にバサジィ大分でFリーガーとしての道を歩み始め、その年のフットサルワールドカップ日本代表にも選ばれ4ゴールをマーク。「Fリーグ特別賞」を受賞し、デビュー1年目からその爪痕を深く刻んだ。
その後も日本代表としてAFCフットサル選手権や2度目のワールドカップにも出場。クラブでもベストファイブに選ばれるといった多くの実績を残す。今まで数々のことをなし得てきた小曽戸に、思い出に残っていることをあえてひとつだけ挙げてもらった。
「……難しいですけど、大きなことで言えばやはり優勝を決めた試合もそうですし、優勝したシーズンは自分の中ではすごく印象的でした。でも、勝てなくて悔しい時期も、優勝した1年もかけがえのないシーズンなので比較することはできないです」
小曽戸にとっては「1試合1試合どの試合も同じような重みを持っていて、すべての試合が同じように意味のある試合」なのだ。その気持ちこそが、小曽戸が史上7人目の300試合出場を達成した理由なのかもしれない。
「Fリーガーになった最初のときは『まずは試合に出られるよう』にというところからスタートして、1日1日が勝負のつもりで取り組んでいました」
一つひとつの“勝負”を積み重ね「300試合」というひとつの到達点へとたどり着いた。しかしそれはまだまだ途中に過ぎない。小曽戸はこれからも積み重ねを増やし、チームの勝利のために奮起する――。
シーズンは次節の共同開催名古屋・浜松ラウンドから3巡目に突入する。大阪は見事、プレーオフ出場権を獲得してリーグタイトルを奪還することはできるのだろうか。今シーズンもいよいよ大詰め。これまでよりも激しさを増した激闘が繰り広げられるに違いない。
文・舞野隼大(SAL編集部)
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