あらゆる競技において、女性選手には結婚や出産といったライフイベントがついてまわる。もちろん幸せなことではあるが、それが競技にとって一時的にマイナスに働くこともある。将棋の貞升南女流初段も、愛する2人の息子に今でこそパワーをもらい「もっと頑張らなきゃ、勉強しなきゃと思いますね」と語るが、産後には「3手先を読むのがいっぱいいっぱいで、本当にどうなるんだろうと思ったのを、すごく覚えています」と、大スランプの時期を振り返った。
祖父に将棋を教わり、中学生の時には全国中学生選抜将棋選手権大会(女子の部)において中1でベスト16、中2で準優勝、そして中3で優勝し「すごくうれしかった」と、3年越しの優勝を手にした。高校進学後、17歳6カ月で女流棋士となると「自分より強い人がいっぱいいるんだなということに気づかされて、そこから壁に結構ぶち当たりましたかね」と悩んだ時期もあった。それでも都内の大学病院で整形外科医として働く姉とサッカー観戦に行くなどリフレッシュもしながら、将棋の道に邁進していた。
そんな貞升女流初段だが、とにかくきつかったのが産後だった。「全然頭が働かなくて…。退院して、将棋を指そうと思ったら、全然指し手が読めないんですよ。3手先を読むのがいっぱいいっぱいで…」。将棋は次に指す1手がいくつにも分岐し、それぞれの展開を脳内で再現、検討してから、最善手を選択することの繰り返しだ。プロともなれば、その分岐パターンは数え切れないほど。それが3手先しか見えないとなれば、まさに「一寸先は闇」の状態で指しているようなものだ。「子どもが寝たら、夜ずっとネット将棋をやったりしていましたね」と、とにかく将棋に触れることで感覚を取り戻そうと努力した。
もともと勝負師に必要な資質は備えていた。師匠の堀口弘治七段は「すごい粘り強いなと思いましたよ。ねちっこいというか。とても大事な要素なんですよ。だからもっともっと技を磨いていけば、将棋界の中でやっていけるんじゃないかと思いました」と、弟子を評価する。華々しいわけではないが、着実な一手を積み重ねて、負けない将棋を繰り広げる。そんな貞升女流初段だからこそ、大スランプも地道に切り抜けていったのかもしれない。
息子たちとは「休みと時に一緒に遊びますよ。サッカーしたり、電車のおもちゃで遊んだり。大変な時もありますけど、子どもたちがいつも応援してくれるので、頑張れます」と、母だからこそ得られる強さに目を細めた。小学校1年と幼稚園年中だが「(将棋に)勝つとか分かるみたいで『勝ったから、おやつ買ってきて』とか言うんですよ」と、かわいらしいエピソードも披露した。今回出場が決まった女流AbemaTVトーナメント。大活躍するようなことがあれば、子どもたちへのお土産は、おやつどころではないかもしれない。
◆女流AbemaTVトーナメント 持ち時間各7分、1手指すごとに7秒が加算される、チェスでも用いられる「フィッシャールール」を採用した女流棋士による超早指し棋戦。推薦枠の女流棋士、予選を勝ち抜いた女流棋士、計8人がトーナメント形式で戦い、1回の対戦は三番勝負。優勝者は、第1回大会で藤井聡太七段が優勝した持ち時間各5分、1手指すごとに5秒加算の「AbemaTVトーナメント」に、女流枠として出場権を得る。
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