「個人的には選手に依存する大会運営、協会運営には危機感を持っています。フィギュアスケートの羽生結弦選手のようなスーパースターが毎回出てくるのであれば話は別ですけどね。それでも仮に羽生選手が『明日、引退します』ということになったら、協会の収入は一体どれだけ減ってしまうのか。そう考えると、やはり協会のやるべきことは選手の人気に頼らず安定的、持続的な経営基盤を整えていくことにあると思うわけです」
大胆な例を挙げて協会運営に関する持論を述べたのは、2017年8月に公益社団法人日本フェンシング協会の会長に就任した太田雄貴氏(33)だ。2008年北京五輪での銀メダル獲得、さらに2015年にモスクワで行われた世界選手権で金メダルを獲得するなど、日本フェンシング界の第一人者である太田は現在、30代前半の若さにしてフェンシングの将来を担う大改革に取り組んでいる。就任当初から「協会運営の健全化」を第一に掲げていた太田だが、その考えに至る過程には自身の苦い経験があった。前述のように北京五輪で銀メダルを獲得した太田は一躍脚光を浴びたが、フェンシングの話題性は間もなく収束し、期待した競技人口増の起爆剤にはならなかった。だからこそ、選手の人気に依存する協会運営には否定的なのだ。その代わり、頭の中に思い描いている理想像がある。
「私が目指しているのは劇団四季。誰が演じても高いクオリティを保つことができるエンターテインメント集団です。もちろん熱心なファンは誰が演じているか出番を調べて観に行くこともあると思いますが、誰が演じるかではなく、演目のクオリティ自体を上げることが重要です。『フェンシングを観に行くっていいよね』という流れを作り、仕事の商談やカップルのデートの場に使ってもらえたら嬉しいですね」
さらに太田は野球やサッカーなど、国内の主要なスポーツに置き換えて次のように持論を展開した。
「野球やサッカーなどのメジャースポーツがこれほどメジャーになった理由の一つには、テレビ局や広告代理店の注力コンテンツになったという事実がある。ただ一方では本来協会が得ることができたはずの収益損失、さらに外部に委ねたことによってマーケティングのノウハウが協会内に蓄積されていないという中長期的なマイナス面もあるはずです。そのため僕らは、出来るだけ自分たちの手足を動かすように努めています。ゼロベースで委ねることはありません。そもそも、マーケティング・コンテンツとしてフェンシングに興味を持ってもらえるようになったのはつい最近のことですけどね(苦笑)」
「スポーツ選手は頭が良くないというイメージを逆手に取る」 “意外性の掛け算”でニュースバリューを生み出す
会長就任から1年と4カ月が経過した今、改革の成果も着実にあらわれている。その特徴的な一例が、12月6日から駒沢体育館で始まり、9日に東京グローブ座で決勝を迎える全日本フェンシング選手権大会のチケット販売だ。予選の三日間は観覧無料となっているが、9日の決勝に関しては有料。さらに前年まで1000円だった料金を最も高いもので5500円に設定したにもかかわらず、わずか40時間で完売させたことは、フェンシング業界のみならず広く話題となった。
「僕自身、完売は“想定内”でしたが、関係者は驚いていましたよ(笑)。欲を言えば24時間で完売して欲しかったので自己採点では70点くらいですかね。ただし、お客様ガラガラの大会会場に慣れてきたことでフェンサーたちに蔓延していたマイナースポーツのメンタリティを、“やればできるんだ”と立て直す効果はあったはずです」
完売がもたらした金銭や集客以外のプラスの側面について笑顔で言及した太田だったが、自らが現役を続け、実践を通じて「脱・マイナースポーツ」の気概を示していく選択肢は無かったのだろうか。その問いに「全くありません。現役時代は常にやり切ってきたので、フェンシングに未練は無いんです」と答えた太田は「元スポーツ選手だからこそできること、作れるニュースがある」と続ける。
「1000円のチケットを5000円で売って注目を集めた。昨年比で大会の協賛費が6倍になった。それらは“意外性の掛け算”だと思っています。つまり、スポーツ上がりの33歳の若造がやったことだからニュースになる。これを一企業の方がやったところで当たり前ですよね。『スポーツ選手は頭が良くない』という世間の認識を逆手に取って結果を出したところに、意外性やギャップ、さらにニュースバリューが生まれた。今後はその程度でニュースにならないよう、協会運営をしっかりと行っていく必要はありますが……」
それら全てを織り込み済みで実行し、狙い通りの結果を出した太田は「フェンシングは戦略的なスポーツ。そこで培われる思考は一般社会に出ても通用する」と断言する。そして現在、その世界で切磋琢磨する後進たちの将来についても考えを明かした。
「選手の大半は一般企業に属しながら競技を継続していますから、まずは企業が欲しいと思える人材を輩出していく必要があります。フェンシングで培った戦略的思考をマーケティングなどの企業活動に生かせるようになればいい。選手としてだけでなく、社会人としても認められ、活躍するような人材が増えてきたときに『子どもたちの習い事としてフェンシングをやらせよう』という親が増えたら面白いことになりますよね」
社会課題と向き合い、役割を果たすこともスポーツの使命
雄弁に語る太田からは想像つかないが、ここまで順調のように見えて、思うようにいかず悔しい思いをしていることがあるという。それは日本車いすフェンシング協会との合併問題だ。合併を願う理由は「健常者と障がい者を区別することへの違和感」にある。障がい者が健常者のように競技をすることは難しいかもしれないが、健常者が車いすに座って競技をすることはできる。だから太田は、「障害を超えたボーダレス」の実現にこだわっている。
「どんな健常者であっても、いつ、どこで、何が起こるかわからない。私だって、もし交通事故に遭ったら、明日にでも障がい者になるかもしれません。そうなったとき、今までは当たり前のようにできていたこと、してもらっていたことが急に無くなってしまうような社会って、考えただけでも怖くないですか? だからこそ日頃から違いを認め、出来ないことを手伝ったり補ったりすることが大切ですよね。実際、イタリアのフェンシング協会は統合が実現できています。当たり前のようにコーチが障がいを持つ選手を指導したり、選手同士でセッティングを手伝ったり。両者共存が当たり前の風景なんです。それが日本においては管轄している省庁が違うという背景があり、キレイに分けられてしまっている。社会課題と向き合い、役割を果たすこともスポーツの使命。スポーツ庁が発足し、文部科学省と厚生労働省の時より縦割り意識は和らいできましたが、未だに『同じ剣を持つのに全くの別会社』であることが問題だと思っています」
合併を阻む一つの要因に「ポスト」の問題もある。組織を統合することで、限りあるポストから外れる人員も出てくる。そのため、太田の提案に対する反応は冷淡だという。
「これは2020年に開催が決まっている東京五輪の負の側面もあると思います。ある程度の影響力を持ってオリンピック・パラリンピックに携われるであろう人が、そうはいかなくなるので面白くない。大抵のことはやり切ってきた自負はあるのですが、この問題は一筋縄行きませんね……」
その思いは、中長期的な解決課題として棚上げやむなしという状況だが、間近に迫った全日本選手権は待ったなしだ。
「今大会のスローガンは『突け、心を』。フェンシングの魅力を再定義した結果、“感動体験を提供する”というところに行きつきました。勝った負けたの感動以外に、練習での努力、親との関係、フェンシングに懸ける想いなど、どこを切り取っても人々を感動させられるような体験を提供したい。協会として、それができる選手を育てていきたい。そういう覚悟で臨みたいと思っています」
(C)AbemaTV