「走る」「食べる」「考える」。最後の「考える」以外は、あまり将棋とは関係なさそうなものだが、この3つにひたすら取り組んだことで、将棋の渡部愛女流王位は、見事に今年5月に初タイトルを獲得した。この「渡部愛強化プログラム」を作ったのが、指導者である野月浩貴八段だ。「スポーツ界のコーチと選手、みたいな関係の指導にしようかなと思って」と、将棋以外の面でも徹底指導したことが実を結んだ。
「考える」という行動は、非常にエネルギーを使う。男性棋士が半日かけて対局すれば、食事休憩やおやつを食べても、終局するころに2~3キロ落ちているというのも、珍しい話ではない。この「考える」行動をサポートするためにも、「走る」ことでの体力の強化は欠かせなかった。ある別の競技の女性選手には、将棋における男女の実力差は、体力の差でもあると語るほどだ。体が疲労すれば、余計に頭も働かなくなる。ならば、疲れにくい体を作ればいい。野月八段は「勝ち進めば対局も増えていきます。ハードスケジュールに対する体力面も鍛えておかないと」と、弟子に説いた。これには渡部女流王位も「えっ!?ってなりました(笑)本当に運動が将棋につながるのかなというのは疑問でしたが、走ったり、エアロバイクをこいだり、腹筋したりしています」と、汗を流し続けている。
「食べる」ことも、脳へのエネルギー補給という点では重要だ。対局中、チョコレートなどのおやつを食べる棋士は多い。脳を働かせる上で、糖質が必要だからだ。体内にたくさん蓄えておければ、途中で補給することも減るわけだが、渡部女流王位は食が細かった。野月八段によれば「普通にご飯を頼んでも、半分ぐらいしか食べていなかったので、食事をなるべく多くとるとか、どういう物を食べると栄養になるとか、そういうところも技術の底上げとはまた別に考えていきました」と、指導した。
そして最後の「考える」だが、「走る」「食べる」でつけた体力を、ここで全力を出し尽くす。一度研究を始めたら8~9時間は、休憩もせずに考えっぱなし。考える方法も、1つの局面で止め、そこから一手ずつ動かすのではなく、とにかく頭の中で考える。考えて、考えて、脳内で盤面が鮮明に描けるまで追い込む。野月八段によれば「女流棋士だと、そういうのが苦手な方が多いので、スタミナ切れしちゃうんです。考え過ぎて疲れることがないように、今のうちに鍛えておこうかと思ってやっています」と理由を説明した。これには渡部女流王位も「集中力が持続するようになったっていうのが、1つ大きなことかなと思います」と効果を実感している。
自分の指した将棋の検討も、かつては100手の将棋から分岐を考えて300、400手ほどに膨らませたが、指導者からは「少なすぎる」と怒られた。今では1000手、2000手というレベルまで広く深く考えるようになった。確実に棋力は上がり、タイトルも取ったが「まだ伸びる?伸びなきゃ(指導者に)怒られると思います」と笑った。男性棋士顔負けのハードトレーニングを積み続ける渡部女流王位。超早指し棋戦、女流AbemaTVトーナメントでも、その成果は確実に発揮される。
◆女流AbemaTVトーナメント 持ち時間各7分、1手指すごとに7秒が加算される、チェスでも用いられる「フィッシャールール」を採用した女流棋士による超早指し棋戦。推薦枠の女流棋士、予選を勝ち抜いた女流棋士、計8人がトーナメント形式で戦い、1回の対戦は三番勝負。優勝者は、第1回大会で藤井聡太七段が優勝した持ち時間各5分、1手指すごとに5秒加算の「AbemaTVトーナメント」に、女流枠として出場権を得る。
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