イギリス国民「こんなはずでは…」ユーロスターが止まり、牛乳は税関で腐る”最悪の事態”も
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 2016年の国民投票で決定したイギリスのEU離脱(Brexit=ブレグジット)。3月29日が離脱の期日となっているが、英国議会下院は15日、政府とEUが合意した離脱合意案に歴史的大差でNOを突きつけた。

 28か国が加盟しているEU内では、人・物・資本・サービスの移動が原則自由となっているが、離脱後するイギリスとの間には新たなルールづくりが必要だ。そこでイギリス政府はEUと交渉、昨年11月、移行期間を3月から来年12月31日までとし、現在の貿易関係を維持すること、また、少なくとも5兆5千億円にのぼる違約金を支払うことなどが盛り込まれた離脱合意案がとりまとめられた。今回、下院が反発したのは、この合意案だ。

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 21日までに代替案を提出しなければならなくなったメイ首相は、「下院は離脱案に反対という意思を明確にしたが、この投票結果は離脱に向けてどのようなサポートをしてくれるのか何も示していない」とコメント。この状況にEUのバルニエ交渉官は「イギリスは次のステップを我々に示す時がきた。我々も一致団結して合意に達したい」と話し、記者からの「メイ首相を信じているか?」という質問にはノーコメントを貫いた。EU側が離脱案の修正に応じる可能性は低いとみられており、このままでは「合意なき離脱」となる可能性がある。その場合、人・物・資本・サービスのすべての流れに大きな混乱が生じるのは必至だ。

 それは世界経済にも大きな影響を与える可能性がある。先週イギリスを訪問した安倍総理は「英国にもっと投資を行い、ともに経済成長をしていきたいと強く願っている。そのために"合意なき離脱"はぜひ回避してほしい」と話していた。

 EU離脱は一体どうなるのか。16日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、イギリス政治に詳しい慶應義塾大学法学部の細谷雄一教授に話を聞いた。

■"大陸とは一線を画したい"イギリスの国民性

 かつてウィンストン・チャーチル元首相は「We are with Europe, but not of it.(我々は欧州と共にあるが、その一部ではない)」と発言したという。"大陸とは一線を画したい、EU本部の指図は受けたくない"という考えとも通じる発想だ。

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 細谷教授は「国民投票時、キャメロン首相も使っていた話だが、実はヨーロッパ史の中でイギリスは非常に重要な役割をたくさん担ってきたという点がある。ヒトラーがヨーロッパ大陸を支配した時にはまさにチャーチルが英雄として解放した。ナポレオン戦争でもウェリントン将軍がワーテルローの戦いを勝利に導いた。つまりイギリスは何度もヨーロッパを救ってきたし、ヨーロッパ人としても感謝の気持ちがある」と話す。

 「"ヨーロッパに旅行に行く"という言い方をするぐらい、イギリス人にとって、ヨーロッパは"外"だという感覚がある。一般的な感覚として"悪いものは常にヨーロッパから来る"というイメージを抱いていて、ヒトラーによる侵略や共産主義のように、偉大な英雄が外から来た敵を倒すというのが物語としてウケやすい。移民に対しても、それに対してイギリスを守らなければいけない、という感覚がある」。

 2016年の国民投票では、EUからの離脱に賛成が52%、反対が48%だった。年齢層別にみると、年齢が高いほど離脱派が多く、若い世代ほど残留派が多い傾向を示したという。この結果投票に大きな影響を与えたと考えられているのが、移民の増加だ。

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 たとえば離脱派に投票した人の割合が全国で最も高かった町・ボストンでは、移民がここ10年ほどで1700人から1万人近くにまで膨れ上がっている。移民によって、自分たちの仕事が失われてしまうのではないか、という危機感が、有権者を離脱派に向かわせたということだ。2001年にポルトガルからやってきたという男性は「"仕事を奪い、寄生虫のように学校を乗っ取り、公共サービスを使いまくっている"と、すべてを移民の責任にしているグループがある」と悲しげな様子で話していた。

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 「イギリスはEUの他の国と比べて英語が使え、開放的な国なのでどんどん移民が入ってくる。そこでキャメロン首相は公約で移民の上限を10万人にする、としていたが、他国と比べても多い毎月30万人が入ってきていた。投資は目に見えないが、移民は目に見える。電車に乗っていても街を歩いていても目立ってしまう。本当は労働コストが安いところへと生産拠点が流出しているので、必ずしもすべてEUが原因ではないのに、"仕事がないのは外国に取られているからだ、EUに入っているからだ"となる」。

■政治家、メディアもEU叩きに加担

 また、国民投票の時期と前後するように、ヨーロッパではテロが頻発、議論に火をつける格好のテーマとなっていった。

 そうした空気を背景に、離脱派は移民がイギリス国民の雇用や福祉を圧迫していると主張。EUへの拠出金を減らすことで、週あたり約480億円を国民保険サービスなどの財源に充てることができると訴えた。また、離脱交渉はイギリスに有利な条件で進むだろうという楽観的な予測も出された。こうした離脱派の主張の中には、誤った情報や、政治家による"嘘"も含まれていた。離脱を強く主張していた前ロンドン市長のボリス・ジョンソン氏が演説で訴えていた"週480億円"の3分の2はEUから戻ってくるものであり、実際の160億円程度だったのだ。

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 「今のイギリスの対外貿易の48%はEU。外に出て世界と貿易するとしても、たとえば日中が合わせて8%。やはりこれだけ地理的にも近くて、文化的・歴史的にも結びついているので、外に出れば致命的なダメージになる。それでも中国や韓国に対する日本の報道と似ていて、理性的に見れば協力は必要だが、EUを叩けば叩くほど売れる。イギリスのメディアも経営上の理由からEUを汚く叩くことによって読者を広げるというようになっている。外に敵を見つける、というのはある意味では安上がりなアピールなのかもしれないし、グローバル化の中、"外国に依存しすぎず自立しろ"という声がどこの国でも出てくる。それは日本でも同じだ」。

 結果として、国民投票で離脱派が僅差で勝利。細谷教授によると、勝利演説の原稿を書いて就寝したキャメロン首相だけでなく、離脱派の多くやボリス・ジョンソン氏すらも衝撃を受けたのだという。

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 そんな反省からか、離脱が決まったばかりのイギリスでは、選挙後になって「EUとは何か」を検索する人が現れたり、再び国民投票を行おうという署名活動が始まったりした。

 「キャメロン首相もメイ首相も非常に真面目で、膨大なデータや資料をもとに、いかに離脱が不利益かということを詳細なデータで示した。ところが普通の人はそれを読まず、"なんとなくキャメロンがムカつく"といった気分で投票した。離脱が残留か、ではなく、緊縮財政のキャメロン政権にお灸を据えようと投票したのに、"まさかこんなことになるとは思わなかった"と後悔しているという人もいる。まさにアメリカ大統領選挙もそうだったが、これが最近の民主主義の非常に怖いところだ。もっとも、キャメロン首相もメイ首相もあまり説明が上手でなく、"プロジェクト・フィアー"といって、マイナスのことばかりを言っていたし、離脱派も"離脱すればこんなに良いことがある"という夢物語や嘘を言っていた。そうすると、みんな何となく"明るい話"の方へいってしまう」。

■ユーロスターが止まり、牛乳は税関で腐る”最悪の事態”も

 投票率72%を記録した国民投票では離脱派が残留派を僅差で上回ったが、1月の世論調査では残留派が若干優勢となっているという。イギリスが再び残留を選択する可能性はあるのだろうか。

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 「残留派は経済的合理性の観点から、経済、雇用、生活を守ることが必要だと訴えている。一方、離脱派は経済はどうでもよく、主権回復の独立戦争だと訴えている。違う価値観がぶつかっていて、議論が噛み合わない。ガーディアン紙は"もはや内戦である"とまで書いている。感情対理性では感情の方が響きやすいし、離脱派の方が美しい物語を作ることがうまい。国民投票の頃は残留派が7割で、楽勝だと言われていた。それでもあえてキャメロン首相が投票にかけたのは、圧勝することによって党内の離脱派を抑え、基盤を固めようとした。それが大失敗した。保守党が同じことをしたら、また同じことが起きるかもしれないし、3回目をやれという声も出てくる。イギリスは民主主義に対するこだわりがあるので、2016年に決まったことを覆すことは非常に難しい。関税同盟のような形でEUからは出るが、ほとんど経済的な繋がりは残すというのが現実的な選択肢だが、それでも総選挙で政権交代が起きれば残留の可能性もあると思う」。

 また、現状について細谷教授は「やはりメイ首相には残留するべきだったと言う未練がある。あの怖そうな顔で、"合意なき離脱"が、いかにイギリスの経済や生活を壊すか、という暗い話をする。そうすると、なんとなく投票したくなくなる。問題は、保守党の7、8割が強硬離脱を容認しつつあり、党内が右寄りになってきているせいで、なぜ残留派が党首・首相をやっているのかと突き上げられている。だからメイ首相としては合理的にEUを離脱したくても、パフォーマンスとして過剰にEUを批判せざるを得ない。その態度にEU側が怒り、どんどん状況が悪くなっていく」との見方を示す。

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 その上で、「メイ首相の現行案である離脱、合意なき離脱、そして残留の3択にすると、離脱が2つに分かれてしまうので、離脱派はそれをさせたくない。ここからが大変な問題になる。はっきりと分かっていることがいくつかある。一つは、現行案以外のオルタナティブ・プランのほとんど全てが過半数を取ることはできない。つまり、現行案以外に実現可能な案がないということ。そして、このまま進めば、3月29日には確実にいわゆる"合意なき離脱"という最悪の事態に陥る。ユーロスター、飛行機も全て止まる。薬だけは優先させようという動きが進んでいるが、税関では2、3か月かかることになるので牛乳などは腐る。戦後のイギリスが一度も経験したことのない飢饉が起きる。だから可能性としては離脱時期を後ろ倒しする可能性が高い」と指摘した。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)


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