昭和から現在まで、一時代を築いたプロレスラーたちに「めし」をテーマにインタビューした「レスラーめし」(大坪ケムタ/ワニブックス)が面白い。
昔からプロレスに「めし」と「酒」の話はつきもの。プロレスファンは「ガロン」という単位をレスラーが飲む酒の量の単位としてまず覚えるものだろう。小林邦昭といえば「新幹線の食堂車でメニューにあるものを全部食べた」という伝説であり、若手時代のちゃんこについては、どのレスラーも一つや二つのエピソードがあるもの。
本書は、選手(元選手)それぞれに子供時代、若手時代、トップになってからと様々な時代の「めし」について聞いていく。それは試合の話や技そのものの話と比べれば“脇道”だ。ただ、その脇道のエピソードが豊かなのもまたプロレスの魅力なのである。単純なバカ話もありイイ話もあり。プロレスファンにはおなじみ「熊本旅館崩壊事件」を複数のレスラーが語り、長与千種とダンプ松本は思い出の味として同じ「タバスコめし」を振り返る。もちろん「天龍カクテル」の話だって欠かせない。
そういう脇道の中で、たとえば天龍源一郎と相撲、ジャイアント馬場とジャイアンツといった、選手としてのルーツも浮かび上がってくる。鈴木みのるにとって、「めし」の話は肉体改造とセットであり、それはレスラーとしての生き方、サバイバルにもつながってくる。鈴木曰く「人間は1日に3回自分のことを支配できるんです。それが食事」。
ブル中野は新人時代の食事を振り返りながら、自分は「要領が悪かったし仕事もできなかったし」と言う。続けて「そういうのが目立つってことはお客さんから見ても目立つタイプなんですよ」と、身内からイジメられるタイプこそスター性を秘めているというわけだ。このあたりは「めし」の話にとどまらないプロレス論として貴重ではないか。
効果的なトレーニング法や栄養学が浸透した現在では、昔ながらの「大食い自慢」や「酒豪伝説」を聞くことも少なくなってきたように思う。ただそれを寂しがってばかりいても仕方がない。長与は若い選手の栄養摂取法やトレーニングを素直に肯定、「今の若い子を信じないで、何を信じるの?」と語る。そうかと思えば、現代的レスラーの代表のようなオカダ・カズチカが大一番を前に必ず食べるのが吉野家の牛丼だったりするのも、何か嬉しい。
誰に勝ったとか負けたとか、出世するまでの苦労話とか、そういったものはこの本には出てこない。それでも読む前よりもレスラーが、プロレスが間違いなく好きになる一冊だ。ちなみに“裏主人公”は坂口征二。ちゃんとした大人もいないと、業界は回らない。そんな当たり前のことにも気づかされたりするのであった。
文・橋本宗洋