共同通信が15日、日本政府関係者の話として、神戸市の元ラーメン店員・田中実さんが結婚して平壌で妻子と共に生活していることを北朝鮮が伝えてきていたことを報じた。報道によると、2014年以降の日本との接触の際に出てきたもので、田中さんと同じラーメン店の店員だった金田龍光さんにも妻子がいるというが、北朝鮮側は両名ともに帰国の意思はないと説明しているという。これについて、日本の外務省幹部は「ノーコメント」と話しているという。
田中さんは1978年に成田空港から出国後、消息を絶っており、2005年、日本政府が拉致被害者に認定している。
今回の報道について、北朝鮮問題に詳しいフリージャーナリストの石高健次氏は「北朝鮮はこれまで大きなイベント前後に"アメ"を出してきた。今回の狙いは、今月末の米朝首脳会談で米国の譲歩を引き出すカード」との見解を示す。実際、北朝鮮は1990年9月の「金丸訪朝」の前年に「有本恵子さんと石岡亨さんが北朝鮮で同居」との情報を提示、2002年9月の「小泉訪朝」の翌年2月には「有本恵子さん生存」、そして2014年5月、北朝鮮が拉致被害者の再調査を約束した「ストックホルム合意」後の同年7月には"生存者リスト"を提示している。
今回の報道について、共同通信社編集委員の磐村和哉氏は「この報道に私は直接タッチしていない」とした上で、「今回は去年の続報という形で、家族について、奥さんと子どもが1人という新しい情報が出てきている。もし北朝鮮がこの新しい情報を直近、つまりアメリカとの交渉が動いている段階で出してきたとすると、日本の頭越しにアメリカを振り回してやろうという思惑がある可能性も捨てきれない。ただ、このタイミングで北朝鮮が何かシグナルを投げてきたということではなく、むしろ日本がずっと隠してきたということの方が問題ではないか。そもそも田中さんと金田さんの存在自体は2014年、日朝が拉致被害者の再調査について協議を続けていた段階から伝えられていたが、日本政府は公表していなかった」と指摘する。
事実、田中さんの存在については去年3月にも共同通信が報じており、ストックホルム合意の前の2014年にも、北朝鮮が日本側に田中さんの北朝鮮入国の情報を伝えていたと報じられている。また、田中さんが平壌で家族と共に暮らしていることや、帰国の意思はなく、現地に残る意向だということもすでに報じられていた。
「日朝の駆け引きの中で、北朝鮮側が出してきた情報に日本が食いつくことによって、話が北朝鮮ペースで進んでしまい、"この2人を出したことによってもう拉致問題は解決だ"と幕引きされることを警戒して反応しなかったという可能性がある。それまで北朝鮮は"田中さんは未入国だ"と切って捨てていたが、実は入国していたと認めた。これは大きな態度の変化だと思うが、日本がそこに食いつかなかったことで、逆に北朝鮮は日本の本気度を疑ってしまった。つまり、口では"拉致問題解決"を言っているが、本当に解決させる気があるのか。本気で解決したいのなら2人に面会し、第三国に連れ出して、帰国の意思があるのかないのか確認するくらいはやってもいいのではないか。"北朝鮮はけしからん"と言い続けることによって政権基盤が維持されるという、"政治ゲーム"に拉致が利用されているんじゃないか、と。お互いに情報を出し合いながら、疑心暗鬼になっている。もう一つは、この2人が孤児院のご出身、つまり待っている親族がいない被害者だということなので、こういう言い方はしたくないし、考えたくはないが日本政府、特に安倍政権が"優先順位"をつけてしまっている可能性もある。そういった構図がこの報道からは見てとれるし、交渉一つ取ってみても、拉致問題の溝がいかに深く、難しいかがわかる」。
コンサルタントの宇佐美典也氏は「蓮池薫さんも、当初は"帰国の意思はない"ということで、再び北朝鮮に戻るというような話だったが、親族が残ってくれと引き止めたことで変わっていった。あえて政府側の立場で考えると、日本に身寄りのない方を戻すということが非常に難しいということも分かっていると思う。どういう話をしているのか分からないが、政府にとっては判断が難しい案件だと思う」との考えを示す。
この点について磐村氏は「政府内でも意見が分かれていて、まだ結論は出ていないようだ。北朝鮮が出してきた情報をちゃんと検証しよう、場合によっては向こうに担当者を派遣して調べるという話もあれば、それに乗ったら幕引きで他の拉致被害者が帰って来られなくなるという慎重論がある。今月末の米朝首脳会談で、アメリカは関係改善のための初歩的な段階として、平壌に連絡事務所を置くことを打診しようとしているようだ。そうなった場合、日本もアメリカの連絡事務所の看板の下で人を派遣し、拉致問題の真相を探り、解決を目指すことができないか。そういうことを考えてみる価値はあると思う」との考えを示した。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)
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