2006年のW杯・ドイツ大会に向けた予選が行われていた頃から、試合中継のたびに使われてきたこのフレーズ。10年以上もサッカー日本代表の勝利を後押しするパワーワードとして定着している。
“絶対に勝つ”ではなく“絶対に負けられない”というのは、実際にはどんな心境なのだろうか。いうなれば、前者はチャレンジャーの目線で、後者は受けて立つ側の目線かもしれない。なぜなら勝つという気概よりも、負けられないというプレッシャーの方が緊迫した印象を受けるから。この受け側の境地をまさに今、味わっている選手がいる。名古屋オーシャンズの若手エース・八木聖人だ。
負けることは嫌だ、絶対に嫌だ
日本最高峰のフットサルリーグ「Fリーグ」を戦う名古屋オーシャンズは、2007年の開幕から12年目を迎えた今シーズンまでで、10回のリーグタイトルを獲得してきた。リーグ優勝を逃したのは、10連覇を懸けて臨んだ2016シーズンのただ1回だけ。そのほかにも、リーグカップ戦や国内カップ戦などタイトルを総なめしてきたメガクラブ。国内で唯一の完全プロチームとして“絶対王者”という地位に君臨してきたのだ。
このクラブにおいて、負けることは本当に許されない。多くの選手が敗北の恐怖と向き合いながら、ひたすら勝利を積み重ねてきた。その背景には、ただ1回だけ逃したリーグ優勝も大きく関係している。
「あの負けたシーズンがあったからこそ、今は勝ちに対してもっとストイックになった。その時ももちろん全力でやっていましたけど、相手を分析したり、練習量が増えたり、より勝利に飢えた。その部分が大きいなと。技術的には負けたシーズンも優勝できる実力を持ったチームだったと思うので」
八木は当時まだ若手だったが、ベテランやチームを長く引っ張ってきた選手が退団して新しいチーム作りを始めた時期であり、出場機会を増やしていた。だからこそ、自分たちのせいで勝てなかった、自分たちが連覇を止めてしまったという責任を背負い込んだ。その時に彼らは、絶対に負けられないと心に刻んだ。
「負けると、プライベートでも息苦しくなる。負けることは嫌だ、絶対に嫌だって」
翌シーズン、名古屋は王座奪還に成功して、今シーズンはレギュラーシーズン33試合を終えて無敗の1位。今週末のプレーオフ決勝で“負けなければ”、ここから再び連覇の歴史をスタートできるのだ。
この大一番は、八木自身にとっても転機となるかもしれない。
八木は15歳の頃から育成組織でプレーしてきた生え抜きであり、2013シーズンにはキャプテンも務めた。2014シーズン、弱冠20歳にしてトップチーム昇格をつかみ取ると、大きな期待を集めていた。
名古屋では現在、平田・ネト・アントニオ・マサノリ、齋藤功一、橋本優也という八木の同年代の仲間がピッチで活躍し始めている。しかし、彼らはまだ100試合に満たない出場試合数の中で、八木はすでに147試合も試合に登録され、若手陣の誰よりもキャリアを重ねてきた。世代を、クラブを引っ張る意識は強い。
「まだまだ自分の出場時間が確約されているわけではないし、出た時に結果を出せるように。それを常に続けていく。拮抗した場面でベテランに頼ってしまうのではなくて、試合に出て、自分の仕事をしたい。試合に出た時も、出ていない時も、自分のやれることをやり続ける」
24歳になって、八木は覚醒し始めている。シーズン序盤にゴールを重ね、中盤に失速する波を経験しながらも「プレーオフに向けて頑張ってきたからこそ、それがつながったのかもしれない」と、尻上がりに調子を上げて、最終的には10得点をマーク。「契約更改の時に15点を取りますと宣言しちゃったので……届いていないですけど。その分はプレーオフで取ります」と静かに意気込むが、その目はギラついている。
プレーオフ決勝で対戦するのは、シュライカー大阪。2年前に王座を奪われた屈辱の相手だ。ここで勝って初めて、名古屋の選手たちは前に進めるのかもしれない。勝負は2戦だが、相手はプレーオフ準決勝を勝ち上がってきた勢いもある。第1戦の序盤が勝敗を分ける最初のポイントになることは間違いない。
「最初からバチッといかないと足元をすくわれる。そこは自分の役割。前で食いたいですね」
前で食う。前線から球際に厳しく追い込んで、ボールを奪ってゴールにつなげる。それこそが彼の真骨頂だ。八木聖人が先陣を切って、クラブを新時代の王者へと導いていく――。
文・本田好伸(SAL編集部)
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