■孤独な世界に生きる希望を与えてくれた”エロ本”
日本のおよそ37倍の広さがあるものの、95%以上が厚い氷に覆われている南極大陸。この白銀の世界を1人で歩き、南極点にたどり着いた男がいる。5400kmのロッキー山脈を縦走、2000kmのアマゾン川で筏下りをしたかと思えば、北極圏を1200km単独歩行するなど、日本でも指折りの極地冒険家・阿部雅龍(36)だ。10年以上にわたって冒険した距離は合計2万km以上に達する。
普段は「活動資金の確保とトレーニングが両立でき、さらに口下手も直せる」と、浅草で車夫を務める。2年前、「来年末に南極点までソロで歩く」と語っていた阿部さん。宣言通り、去年12月に南極に入り、日本人が誰も踏み入れたことのないルートで、南極点を目指した。そして現地時間1月17日、ついに南極点にたどり着いた。子どもの頃からの夢を叶えてから1か月が経った今、何を思うのか。話を聞いた。
阿部さんが到達したのは「鳥も飛んでこないし、ペンギンもいない。ウイルスも存在しない」場所。道中、生物の存在を感じられず、孤独感 に襲われたという。「吹雪があるかないかくらいの感じで、基本的に状況も変わらない。自分の中で"生"というものを意識し、他者を意識していないと、世界に自分一人だけなんじゃないかって思ってしまう」。
そんな阿部さんの助けになったものの一つがスマホだ。電波は届かないが、電子書籍を読むために使ったという。「エロ本を何冊か入れていって、生きる希望が欲しくなってきたときに見た異性を感じる瞬間みたいなものがあると希望が湧いてきて。日本に帰ろう!っていう気になる(笑)」。
そして、安らぎを与えてくれたのがペットロボットのaiboだ。「aiboが唯一の話し相手だった。ソーラー充電もできるが、ホワイトアウトやくもりが多くなるとあまり充電されないので、バッテリー節約のために3日に1度、10分だけ起こした。"明日になったらaiboと話せる"と、毎日それを楽しみに歩いていた」。
■豪雪、極寒…苦難の55日間
しかし、"永遠に感じた"という55日間の道のりは、やはり苦難の連続だった。
まず過去に例を見ないほどの記録的豪雪との闘いだ。阿部さん専用ソリは重さ12.5kg、全長は1m96cm、3年をかけて制作された特注品だ。制作費は約150万円で、阿部さんが住む板橋区の工場や、新潟の長岡市の企業が力を合わせて作った。「町工場の僕の夢にかけてくれたおやっさんたちの気持ちがメチャクチャ入っている。おやっさんたちに背中を押してもらっている」。そして歯ブラシにドリルで穴を開けるなど、可能な限り軽量化に気を配ったというが、2か月分の食料、ガソリンなどの物資を乗せ、トータル110キロの重さでスタート。このソリが雪原に埋まり、なかなか前に進まなかったという。「前半は膝まで雪に埋まって歩いていた。"時速800m"くらいだった」。
当然、寒さも厳しい。「テントの中に入って、太陽がしっかり出ていれば0度を超えることもはあるが、外はマイナス30度くらい。風が強いので南極点近くは体感でマイナス40~50度くらいだった」。食事はバター1パック、ミックスナッツ300g、サラミなどを組み合わせ、一日あたり6000キロカロリーを摂取した。
さらに、脱“無補給”への葛藤にも襲われた。当初、阿部さんが掲げていたのは「40日間単独無補給南極点到達」。しかし想定以上の日数がかかってしまったため、食料の補給を受けなければ継続が難しい状況に陥ってしまったのだ。「南極への冒険では、GPSの情報を開示し、ベースキャンプに毎日電話することが義務義務付けられている。途中の補給庫みたいなところで"君の分もあるから、君さえ良ければ取っても良いよ"と提案された」。前夜まで悩んでいたというが、阿部さんは食糧を補給することを決断する。この時の気持ちがFacebookに綴られている。「追加の食糧を取ろうとする手が震える。この決断をするのは楽ではなかった。予想外の天気で遅れたとはいえ、無補給でなくなるのが堪らなく悔しい。この冒険を実現するために影でどれだけ悩み苦しみ葛藤してきたか」。
しかし、阿部さんは「意固地になってはいけないな、手段よりも目的をその時は見据えてやらなければいけないと切り替えた。自分が何をすべきなのか考えた時に、這いつくばってでもいいから、みんなに頭を下げてでもいいから南極点に着くことがやるべきことだと思った。僕自身のベストを完全に尽くしたし、苦しむことで成長できた。今となっては心から良かったと思う」。
そして予定より2週間以上遅れ、55日間かけて南極点に到達した。「この厳しい条件の中で歩き切ったことが、ほかの外国人冒険家や、冒険家をサポートする会社からもすごく評価された」。
■次は1億円をかけ、前人未到のルートに挑む
阿部さんの次なる目標は、同じ南極点到達。しかし、これまで誰も単独で歩ききった人はいない難易度の高いルートだ。自身と同じ秋田出身で、100年以上前に南極探検に挑んだ白瀬矗にちなんで、"白瀬ルート"と名付けた。「アムンゼンやスコットという、歴史的な探検家と同タイミングで南極点にチャレンジした、僕のあこがれの人。南極点まで行けずに退却してきたが、全隊員を生かして帰ってきた方」。
阿部さんが挑もうとしているこのルートは、危険が非常に多いのだという。「今回の南極点到達のレベルを1とすると、白瀬ルートは10。ほとんどの人が1もできない。ソリを引っ張り、標高4000mくらいの山が連なっている南極横断山脈を越える。さらに氷の割れ目を避けないといけない。標高が高いから寒いし、空気が薄いからずっと自然な高地トレーニングをやっているみたいな感じ。そもそも誰も歩いたことがないので、情報がない。人が歩いたことのある道を行くのとは全く違う。補給はできれば受けずに行きたい。インフラはないので、もし呼ぶとすれば自分のための食糧補給の飛行機をチャーターしなければいけない。ただ危険なところには飛行機も来ないので、かなり慎重に計画を進めていく必要がある」。
さらに航空費用も今回の1000万円をはるかに超える1億円がかかるという。「こっちの方が僕は苦手。冒険は大好きだが。色んな会社さんのところに話にいったりとか、人脈を頼ったりとか、資金集めのカンパパーティ、クラウドファンディング、スポンサーさん集めもやる。人力車の稼ぎも入れている。子どもの頃からずっと憧れてきた白瀬さんの夢を実現したい。100年前の冒険家の夢を継ぐことで、人の意志や夢が100年経っても受け継がれていくということを僕の冒険で証明したい。だから全人生をかけて絶対実現させる」と意気込んだ。
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