「週刊少年マガジン」で連載中のボクシング漫画『はじめの一歩』が今年で30周年を迎える。週刊誌における長期連載ランキングでは『気まぐれコンセプト』（1981年～）、『島耕作』シリーズ（1983年～）、『クッキングパパ』（1985年～）に続いて第４位で、累計発行部数は9400万部を超える。
作者の森川ジョージさん（53）は、３歳のときに観た、ちばてつやさん原作のアニメ『ハリスの旋風』をきっかけに漫画家を志したという。「僕はこの通り、（主人公の）国松くんのように背も小さいので、すごく感情移入して見ていたし、"あの子みたいになりたい"と憧れていた」と話す。森川さん。ある日、原作に出会い「ちばてつや」という作者の名前を知ることになる。「国松くんを描いている、この人になりたいと思った」。
漫画家を目指すようになった森川さんは、高校２年生、17歳の時にバイク漫画『シルエットナイト』で講談社の新人漫画賞に準入選、プロデビューを果たす。F1やサッカーをテーマにした漫画で連載を持つに至るが、残念ながら打ち切られてしまうこともあったという。
そしてデビューから７年後、23歳の時に連載を開始したのが『はじめの一歩』だ。
「僕は連載打ち切りばっかりで、連載会議に出した時にもかなり厳しいこと言われた。編集者が"森川ジョージって名前が書いてあるだけで読みたくないよな"って言っているのも聞いた。読んでくれてないのか、どうすりゃいいんだというところまで追い詰められた。『はじめの一歩』も、１年以上、連載会議に出し続けたので、１話目を1000ページ近く直している。何が何だかわからなくなっちゃって、最後の最後の方に、"漫画うまいってなんですか"って、ちばてつや先生に語りかけるみたいなことを描いたらそこがうけちゃって」。
ファンがその魅力について「なんでこんなうまくいかないんだって。マンガなのにこんなにうまくいかないリアル」「魂がこもっているみたいな」「一歩が毎回の試合に努力している姿」と話す通り、いじめられっ子の高校生・幕之内一歩が、ボクシングと出会い成長、どの試合もボロボロになりながら戦う。強さとは何か？その答えを追い求め、ひたむきにボクシングに打ち込む姿が多くの共感を呼んでいるのだ。
森川さんは一歩のキャラ設定について「ちょうど1980年代の終わりくらいには『北斗の拳』『修羅の門』といった漫画があったが、とにかく出てきた時点で無敵で、そういう漫画がバーっと売れてた。僕は全くウケたことがない作家で、打ち切りばかり。そんな僕がそこに乗っかって描いたって無理に決まってる。そんなときに、ほとんどいなかった弱い主人公がいなかった」と説明する。
さらに「キャラクターの豊富さ」を理由に挙げるファンもいる。おちゃらけキャラなのに努力家。一歩の先輩で、前人未到の6階級制覇の野望を掲げる天才ボクサー・鷹村守。一見クール、でも内に熱い闘志を秘める宿命のライバル・宮田一郎。そして、根性論と科学的な根拠に基づいたトレーニングで一歩を鍛える鴨川源二会長など、様々なキャラクターが心に残る言葉を残していく。たとえば日本ジュニアライト級・木村達也の「たった3センチの根性が…オレには足りなかった」、日本ライト級・青木勝の「才能無えヤツがあきらめ良くて何が残るってんだよ！」というセリフは、多くの読者の胸に焼き付いているという。
元世界ライトフライ級統一王者・田口良一選手も、そんな熱烈なファンの一人で、「自分の人生を変えてくれた本」と断言する。
「小学校の頃いじめられていて、学校に行くのがイヤになってしまって、親がいないところで泣いたりした。強さがほしいって思った」。一歩に憧れ、ボクシングをはじめた田口選手は、19歳でプロデビュー後、地道に勝ち星を上げ、28歳で世界王者になった。トレーニングでは、『はじめの一歩』に出てくるものを取り入れたものもあるという。
２週間後には世界戦を控える田口選手。きつい練習の合間に思い浮かべるのが、「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる」という言葉だという。「"自分はあまり努力できてない"なんて感じるときもあって、そのときにこの言葉を思い出す。まだまだやんなきゃなって。次の相手は３階級制覇のチャンピオンで天才肌の選手だけど、負けるつもりはない、本当に勝ちに行くので試合は楽しみにしていてほしい」と意気込みを語った。
森川さん自身、一歩のように闘いながら連載を続けてきたようで、「試合を描いている時、気づかぬうちに奥歯が折れていた」というエピソードもある。本人は「覚えてない。何回もやっちゃって、すり潰しちゃう。ゴリゴリってすり潰れてくるのが自分でも分かる」と苦笑する。最近も、ペン軸を３本折ってしまったようだ。
そんな30年間を振り返って森川さんは「長くもあり、短くもあり。あっという間に日々が過ぎていく。さすがに30年やってると、思い描いてた現実と全く違うことが起きてくる。初めは本当に夢物語だと思って鷹村に"６階級制覇"と言わせたが、できるわけないと思っていたことを実現する人が本当に出てきてしまう」と話す。
ファンたちが気にしているのが、物語の結末だ。パンチドランカーの症状が出始めた主人公の一歩は、自らの意思で現役を引退。トレーナーとして後輩の指導にあたっている。このまさかの展開に、多くのファンが動揺を隠せないようだ。
「最終回のことはずっと考えている」という森川さんだが、「『はじめの一歩』で"こういうラストを迎えたい"と思っていても自由に描けるものじゃない。そういうのも決めてかからないようにしている」と話す。
「昔描いたバンドの漫画は５回で打ち切りになった。サッカー漫画は15週、F1漫画はたしか13週。"10週だけお願いします"って頭下げて始まった漫画。だから先のことなんて考えてなくて、"今を生きる"って感じで描いていた。ちょっとずつ、"もう少し長く続けていいみたい"って感じで進んでいくと、またちょっと世界が広がる感じで、先まで分かるようになった。だんだん、"こうなるんじゃないか"というのをいろいろ合わせて。でも、一歩も激闘型なのでちょっとお休みしたほうがいいということで。でも、本編の中ではヒロインの久美ちゃんだけが"あなたはパンチドランカー"と言っているだけで、他のキャラクターや、医者も断定してる人がいない」と今後の展開を匂わせていた。（AbemaTV／『AbemaPrime』より）
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