シネコンではない小さなスクリーンで、ひっそりと、でも着実に人の心に染みわたっている一本の日本映画がある。真野恵里菜、清水くるみ、横浜流星、森永悠希、戸塚純貴、秋月三佳、冨田佳輔らフレッシュ勢が顔をそろえた群像劇『青の帰り道』だ。実はこの映画、昨年12月にすでに劇場公開されている。しかしメガフォンをとった藤井道人監督の熱い思いによって、5月11日から東京・アップリンク渋谷で再上映がスタート。ゲストを招いてのトークショー効果もさることながら、本編のみの上映回も連日のように満席が続き、ロングラン上映が決定。全国再公開の動きもある。一体何が起きているのか。主演女優の真野恵里菜と藤井道人監督に話を聞いた。
結婚を機にスペインに移り住んだ真野。日本不在時に始まった今回の再上映の広がりには驚きを隠せない。「携わった作品が多くの人に広がってほしいとは思っていたけれど、公開から半年経ってここまで一気に大きく成長するとは思わず…。まさにブレイク中の横浜流星効果!(笑)」とユニークに表現するも「藤井監督がグループLINEを通じて再上映に関する進捗状況を連絡してくれて、ほかのキャストも一つ一つの報告を噛みしめている感じが伝わってきた。再上映が決まったときは言葉にできない様な内に秘めた感情が沸き上がってきた」と感慨深い。
一番の功労者は、自ら劇場と交渉し、宣伝マンも兼ねた藤井監督だろう。藤井監督は「まさか映画を作った監督本人が営業の電話を直接劇場にかけてくるとは思われず、受付の人は電話口で『?』だった」と思い出し笑い。「物語の舞台は夏なのに初公開時は冬で、しかも東京での上映期間も短かった。当時はトークショーもできず、心残りばかり。再上映には、映画と観客を近づけたいという思いがあった」と打ち明ける。昨年12月の初公開時から計画を練り、作品内容とのリンクを狙って、時期は夏、場所は渋谷と決めてその通りに再上映を実現させた。
これら藤井監督の本作に対する熱量と行動に対して真野は「今までこんな経験はありません。私たちは作品を作り出すことが仕事。完成して公開したら、巣立った子供を見つめるような親の気持ちで、観客の皆さんに託すことしかできないと思っていましたから」としみじみ。『デイアンドナイト』『新聞記者』などで知られる藤井監督は、まさに売れっ子若手監督の一人。ゆえに新たな仕事や企画もあるし、それを進めていかなければならない。にもかかわらず、どうしてすでに公開を終えた作品にここまで労力を注いだのか。「それはみんなで作り上げたいい映画である、と自分が自信を持って知っているからです。ならばたくさんの人に観てもらわないといけない」。思い入れが体を突き動かした。
「みんなで作り上げた」という言葉は大げさではない。2016年8月23日。ロケ先の群馬県で、出演者だった一人の俳優が不祥事を起こした。それによって撮影は中断され、完成も、公開も不透明な状況になってしまった。当時の心境を真野は「まさか…と。現実とは思えなかったし、“たられば”はないということを突きつけられた。スタッフ・キャスト全員が必死に考えて…。私としては、とりあえずみんなに会いたい!という気持ちが一番だった」と振り返る。藤井監督は「めちゃくちゃ落ち込みました」と神妙な面持ちで「でも『もう一度撮りたい』とみんなに伝えたら、『やろう!』『時間は空けておくから』と言ってくれて。例えキャストが変わっても、再撮影したい完成させたいという執着があった」。
その執着は翌2017年に形となり、無事に再撮影が行われた。「雨降って地固まる」ではないが、約1年という時間は、スタッフ・キャストに覚悟と責任、結束力を与えた。真野は「再撮影に至るまでに、色々な大人が頭を下げたと思う。その気持ちに応えたかった。1年前は共演者のみんなと“仲良しクラブ”みたいな雰囲気があったけれど、それもやめました。遊びじゃないぞ!と自分に言い聞かせて、すべては『青の帰り道』のために」。藤井監督も「再撮影時の真野さんには風格とオーラがあり、現場すべてを引っ張っていくかのような座長感があった。『決着をつけてやる!』という気迫はすさまじかった」と成長ぶりに舌を巻く。
昨年12月の初公開時は“あの不祥事の…”という言葉が枕詞のようにまとわりついたが、再上映にあたっては、ここでも経過した時間が吉と出た。藤井監督は「再上映の舞台挨拶で『御存じかと思いますが…』と切り出すと、『知らない!』という人がほとんど。ゴシップがあったというフィルターをかけることなく、一つの作品として鑑賞してくれている。逆にその話題を初めて知って、もう一度観に来るという方もいるくらい」。雑念なく一本の映画として評価されているのが何よりも嬉しい。
これから初めて作品に触れる観客に向けて真野は「私たちが第一に望むのは、作品として純粋に楽しんでほしい、ということ。撮影中にどんなことがあったかなんて関係ない!」と物語への没入を期待し「私にとって『青の帰り道』は代表作。女優・真野恵里菜の出演作として一番に勧めたい」と胸を張る。そして生みの親である藤井監督も「映画監督としての僕のスタートラインであり代表作」と原点に挙げる。『青の帰り道』が、ひっそりと、でも着実に人の心に染みわたるわけだ。
テキスト:石井隼人
写真:You Ishii