先月28日に川崎市で起きた20人殺傷事件。凶行に及んだ直後に自ら命を絶った岩崎隆一容疑者(51)の行動を受けて「死にたければ一人で死ねばいい」の是非論が、連日のように各メディアで報じられた。
事の発端は事件当日のTBSのワイドショー「ひるおび!」に出演した落語家・立川志らく氏の「死にたいなら一人で死んでくれよ! ということですよ。なんで子どもの弱い そういうところに飛び込んでくるんだ! 信じられない!」という発言だった。立川志らく氏の発言を受け、ネット上でも即座に「他人を巻き込むな!」「子どもの命を何だと思ってるの?」などの反応が相次いだ。
しかし、立川志らく氏の発言からおよそ2時間後、この論調に異を唱えるネット記事がYahoo!ニュースに掲載された。そのタイトルは「川崎殺傷事件『死にたいなら一人で死ぬべき』という非難は控えてほしい」。記事を書いたのは藤田孝典氏。藤田氏はNPOほっとプラス代表理事として生活困窮者の支援を行う傍ら、聖学院大学人間福祉学部客員准教授などを務めている。藤田氏が寄稿に至った経緯には「こういった発言を公の場ですることで、“犯罪者予備軍”の感情を刺激する可能性があるので控えるべき」という思いがあった。
しかし、これをきっかけに「一人で死ねよ」論争は過熱の一途をたどった。
28日、フジテレビの安藤優子キャスターは藤田氏の記事を受けて「社会すべてを敵に回して死んでいくわけですよね。だったら自分一人で自分の命を絶てば済むことじゃないですか」と発言。宮根誠司キャスターも「自分一人で自殺したらいいんじゃないか、と思うんですけど。なんでこんな幼い子どもを含めて何の罪もない人を巻き込むのか」などと続いた。さらに30日には俳優の梅沢富美男氏も「これから被害に遭った人たちはどうやって、何を頼りに生きていけばいいんだ? だから一人で死ねって言ってるんだ! 当然のことだろ! そういうことをいちいちネットで話題にすること自体おかしい。被害者の気持ちになってみろ!」と怒りを露わにしている。
その一方、藤田氏の意見に賛同する人たちも増えている。
コラムニストの小田嶋隆氏は自身のツイッターで「注意を促した人(藤田氏)は殺人犯を擁護したのではない。(中略)不安定な感情をかかえた人々への呪いの言葉になることを憂慮したから彼はそれを言ったのだ。どうしてこの程度のことが読み取れないのだろうか」と声を上げれば、教育評論家の尾木直樹氏は自身のブログで「間違っても【どうせ自殺が目的なら他人を巻き込まないで一人で自殺してくれ】的な発言は止めること。加害者同様の孤立状態の人を絶望に追い込み、同様の事件の連鎖を生む可能性が高くなるからです」とその理由を説明している。
2日にAbemaTVで放送された『Abema的ニュースショー』では、この議論のきっかけとなった藤田氏を取材。すると藤田氏は「僕も“一人で死ぬべき”に近いような“道づれにするなよ”とは感じている」と今回の是非論に一定の理解を示したうえで、次のように心境を述べた。
「深刻な事件だったので、怒り合う気持ちはわかる。被害者の方や遺族の方が強い言葉で犯行を非難したり、犯人を責めたりするのはあっていいと思うが、問題は私たち第三者が、どのような立場で『一人で死ぬべき』だと発言するか。ネットの影響力が大きくなっている中で、とんでもないことをする人、価値が無い人だから死ぬべきだと連呼されると、犯人以外の人に届いてしまって、社会に悪影響を及ぼすのではないか。『ちょっと待ってくれよ』という一心で記事を書くに至った。まずは自分がインターネット上で発する言葉がどのような影響を与えるのかについて、ネットでつぶやく前に、是非一度考えてほしい。(一人で死ぬべきという言葉は)公共の場で流布するような言葉ではない」
■「一人で死ぬべき」論が急拡大したネット社会に潜む問題
今回の議論に巻き込まれる形となった人たちもいる。東京都・新宿区で引きこもりの自立支援をする「あけぼのばし自立研修センター」の金子周平さんは、一連の騒動に関するマスコミの取材に対して「論点がズレている」と指摘。「引きこもりの人に一人で死んでしまえは完全に間違っている。逆に意味が分からない」と憤りを隠せない様子だ。金子氏はさらに「一人で悩んで 一人で自己完結して 一人で死んでくれというのは暴論。コメンテーターの意見もひとつの意見だと思うが、大きな大皿で一括りにしては欲しくない。色々な問題が重なって今回の事件が起きた。そしてそれは、(社会が抱える問題の)ごく一部の側面に過ぎない」と訴えた。
ではなぜ、このタイミングで「一人で死ねよ論争」が展開されたのか――。
「20人の方を巻き込み、自死した。これは社会通念上でみれば普通の感覚だ」と話したのはネット時事問題に詳しい文筆家の古谷経衡氏。古谷氏は藤田氏が寄稿した原稿に関して「研究や体験などによって例証するなど、より具体的なものが好ましかった。こういった話や類似する言葉を受けて自殺しそうな人が自殺に至ったという話を聞いたことは無い」と注文を付け加えた。
一方、ネット用語の「無敵の人」を例に挙げて持論を展開したのは、編集者の箕輪厚介氏。箕輪氏は「(自らが)死んでもいいから人を殺すという人は刑罰によって抑えられないからテロリストと同じ無敵の人。社会がこういった人たちを増やしていけば、川崎殺傷事件のような事件は無くならない。一人で死ねというのは一般感情としてはあるが、世の中(社会)としてはそれを言ったらおしまい。これから格差が広がっていく中で、『お前はクズだから死んでしまえ』というのは、無敵の人を増やすことに他ならない」と話し、今回「一人で死ぬべき」という論調が大勢を占めた社会の空気感に警鐘を鳴らした。
同じくネット社会の異常な過熱ぶりに対して意見を述べたのは、東大大学院卒で元日経新聞記者の作家である鈴木涼美氏。鈴木氏は「今のネット社会の燃え上がり方は昔では考えられない。本当に誰だか分からない大衆という者が、“一人で死ね”に対して『そうだ、そうだ、そうだ』となるのが昔の町場のレベルではない。色々なことが突然片方に寄ってしまう社会の現状を、藤田さんはおそらく懸念されていたのだろう」と語った。
さらに鈴木氏は「ネットの“そうだ”を誘発するような陳腐な意見を言う必要は無い。また、一人で死ねと強い言葉で言っている人たちも、今追い詰められている人たちに言っているのではなく、犯人に言っている。しかし、犯人の耳にその言葉は届かない。新聞や本は誰に何を伝えたいかを考えたうえで、言うべきことと、言わざるべきことを判断する。実際には、知っているけど、言わない方が良いだろうと考える時間の方が多い。誰に対して言葉を吐いているのか、その言葉がどこに届いて、どういう影響を与えるのかに対して、今のSNSはあまりにも無責任すぎる」と続け、「一人で死ぬべき」が過熱したネット社会に一石を投じた。
なお32年間、今回事件に巻き込まれたカリタス学園のスクールバス運転手を務めていた男性は取材に対して、「(父兄の方が)すごい礼儀正しかった。必ずバス停で見送っておられ、自分の子どもがバスに乗ったら帰る。思い出はいっぱいあるけど、まさかこんなことになるとは思わなかった」と当時を振り返り、複雑な胸中を明かしている。
(C)AbemaTV
【見逃し視聴】
「論点がズレている」“一人で死ぬべき”のマスコミ取材に関係者憤り
「実態を知らぬ“嫌韓”の罪深さ」新大久保駅転落事故から18年、勇気ある韓国人留学生が未来に託した「日韓の架け橋」
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