先月30日に東京・両国国技館で開催された『K-1 WORLD GP 2019』。そのメインイベントとして行われたスーパー・バンタム級世界トーナメントは、同級の現王者である武居由樹(23)が鮮やかなオールKO勝利で締めくくった。試合後には「プレッシャーで夜も眠れないくらいだった」と明かした武居。2年ぶりとなるメインで、玖村兄弟の弟でKRUSH王者の玖村将史を葬った衝撃のシーンは、K-1のリングに「武居あり」、さらに世代交代を期待させるには十分な“勝ちっぷり”だったといえる。
トーナメントから1週間が経過した9日、東京都内で本人にインタビューを行った。パーフェクトだったトーナメントでの優勝、K-1ファイターとしての今後、さらに優勝後のマイクパフォーマンスで口にした「格闘界を背負っている2人」の存在について本音を聞くことができた。
「全くないですね(苦笑)。今回もそうですが、今までを振り返ってみても、一度も……」
全試合KOでK-1のスーパー・バンタム級最強を証明した後、所属するジム『POWER OF DREAM』の古川誠一会長から労いやお褒めの言葉は? そんな質問に対して、少し考えた後、苦笑いで応じた武居。二人の付き合いは本人曰く「自分の親よりも」長い。武居少年は10歳のときに古川会長と出会うと、11歳から会長の自宅での下宿生活を開始させた。本気でプロを目指したのは高校生になってからだというが、13年目の付き合いであることに違いはない。誤解がないように補足すると、「面と向かって」褒められたことは無いが、初めてチャンピオンになった祝勝会で「チャンピオンになってくれてよかった、または、ありがとう」といった類の言葉を列席者の前でかけてもらったことはあるという。
そんな13年を振り返った武居は「逆に褒められたら、それはそれで怖い。ここまできたら、ずっと褒めてもらわなくても(笑)」と続けた。
■「1発ももらわず、全試合1RKO」が本当の目標だった
今までで一番気合が入ったという今大会。その様子は玖村将史との決勝戦、1R目にも見てとれた。普段は冷静に、柔らかい動き、流れの中で一瞬のスキを見逃さず畳み掛けるスタイルとは異なり、「出て行き過ぎた」と武居は振り返る。1Rを終えてセコンドに戻ると、会長からも「カタいな」と声をかけられたという。
カタくなるには理由があった。一つは世界最強決定トーナメントに「現チャンピオン」として臨んだこと。つまり、“勝って当たり前”という周囲の目、自身の認識があった。そのため、今までにない練習量を自身に課し、このトーナメントに臨んでいた。
朝1時間のランニングを終えて30分のレストをとる。そこからフィジカルトレーニングを行ってご飯を食べ、1時間の仮眠。その後、マススパーをみっちり。心身の疲労がピークに達したところで、ようやく本格的なスパーリングが始まる。1日4部練で培われたのは、体力はもちろん、集中力だったと話す。
「トレーニングの最後にスパーリングを行うので、ケガを防ぐためにずっと集中を切らすことができない。その結果、今回のトーナメントでも高い集中力を保って戦い抜くことができました」
まさに体力、精神力ともにスキなく、圧巻の優勝。しかし本人は「パーフェクトではなかった」と素っ気ない。それもそのはず、自らに課していた目標は「全試合、1発も貰わずに1RKO勝利での優勝」だった。その目標から考えると「パンチを貰ってしまったし、全部1Rで勝ち切ることができなかったので……」という反省の弁も仕方のないことだ。とくに1試合目のアレックス・リーバス選手のパンチ、間合いを詰める圧力にはハッとする場面もあったという。会長からは「(パンチ)貰ってんじゃねーよ」と厳しい言葉も。
それでも優勝を手にしたのは、会長はもちろん、同じジムの仲間の存在が大きい。およそ1週間前の21日に後楽園ホールで行われたK-1 KRUSH FIGHTでは、江川優生がフェザー級タイトルの初防衛戦に挑み、戦前の予告通り1RでのKOで初防衛に成功している。その試合から2日後にはジムに姿を現し、練習パートナーを務めてくれたという。「1つ階級は違いますが、とてもいい刺激になっています」と身近なライバルの存在に対する感謝も忘れない。
■スーパー・バンタム級(-55㎏)に「敵ナシ」 気になる今後
世界最強決定トーナメントでの圧倒的な勝利を受けて、ファンの間からは「武尊vs武居」「天心vs武居」というカードを望む声が上がっている。実際のところ、現在のスーパー・バンタム級を見渡してみても、これぞというライバルは見当たらない。そういった声がファンから上がるのも、必然のことといえる。となると、ファンが気になるのは本人の気持ちだ。
「確かに、(次に)誰がいるのだろう? 誰とやるのだろう? という思いはあります。ただ、現在の普段の体重が62kgほどで、仮に(武尊が現王者の)スーパー・フェザー級(-60kg)でやるとしたら、今よりもベースの体重を6kgくらいは増やさないとケガのリスクが高くなってしまう。食べても体重が増えない体質なので、現状としては無理なく戦えるのがこの階級なのです」
それを承知の上で「仮に階級を上げるなら?」と聞くと、「まずはフェザー級(-57.5kg)。西京春馬選手には一度負けているので、リベンジしたいですね」と話す。K-1を代表する武尊との一戦を経て世代交代というシナリオもある。そのことについては「もちろん意識はありますが、今は武尊選手の引退試合の相手を務められるような選手になりたいと思っています。K-1の中でも特別な選手しか務められないと思うので、そうなるために少しでも上を目指して頑張るつもりです」。
もう一人出ていたRISEのスター選手である那須川天心選手との戦いについては「K-1のリングに憧れて、K-1のリングが一番カッコいいと思って今に至っている。これからもその気持ちに変わりはないので、考えられません」ときっぱり否定した。
武居はすでに、次を見据えて動き出している。本来、試合後は3日の休息が与えられるというが、今回はいつもより2日多い5日だった。しかし、同じ屋根の下で生活を共にする会長からは「ユウキ(江川)は2日で出てきて、お前の練習に付き合っただろ。家に居るならジムに顔出せ」とチクリ。対して武居選手は「本心では1週間休もうと思っていたんです。なのに、5日目の金曜日に会長にそう言われてしまって。ジムに顔を出して子どもたちの練習を見たりはしていまたよ」と苦笑い。
このインタビューを行う前、原宿の街をK-1事務所に向かって歩く武居の姿を見た。一人の男性に呼び止められ、写真撮影に快く応じた様子を見たことを告げると、くしゃくしゃの照れ笑いを浮かべた。リング上での冷静、冷徹な印象からは想像できない姿だが、このギャップも武居の魅力。K-1の未来にとどまらず、格闘界の未来を背負っていく選手の一人になることを期待せずにはいられない。
文/車谷悟史
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