母子家庭に育った内気な少年が世界王者をKOするまで 愛鷹亮「マイク・タイソンのようになりたい」
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 8月25日、立ち技格闘技団体【K-1】の興行が行われたエディオンアリーナ大阪に衝撃が走った。クルーザー級の現世界チャンピオンであるシナ・カリミアン(31=イラン・WSRフェアテックス・イラン)が、伏兵の強烈な一撃によってマットに沈んだ。ノンタイトル戦とはいえ、本大会で随一といえる劇的な結末にファンの熱狂は沸点に達した。

 伏兵の名前は愛鷹亮(29=K-1 GYM SAGAMI-ONO KREST)。愛鷹は試合後にリング上でマイクを握ると「大して名前の売れてない俺の挑戦を受けてくれて本当にありがとうございます」と話し、まず対戦相手に敬意を払うと、続けて「警察官をやめて格闘家になり周囲には絶対無理だと言われたんですけど、諦めないで今日までやってきました。スーパーファイトなので世界タイトルはかかっていませんが、俺の夢は、いや、目標は世界一なので、次、タイトルマッチやらせてください。まだまだ強くなります。愛鷹亮を覚えて帰ってください。ありがとうございました」と大観衆の前で決意表明をした。

 衝撃の瞬間は、3R開始から1分が経過した頃に訪れた。ずっと磨き続けてきた右のスイング・フックが王者のアゴを捉えると、身長2メートルの巨体が前のめりに崩れ落ちた。鮮やかな“失神KO”だった。身長差20センチという体格差を見事に克服。果敢に飛び込んで右を捻じ込んだ愛鷹は、お世話になったジムの渡辺雅和代表と抱き合い人目をはばからずに男泣きした。

 今回のマッチアップが決定したときに「食ってやろう」と思った愛鷹の頭には、真っ先にあるボクサーが思い浮んだという。それはボクシングヘビー級戦線で圧倒的な人気と実力を誇ったマイク・タイソンだ。自分より大きな相手からKOの山を築くスタイルが好きだった愛鷹は、背格好が“ほぼ同じ”だというヒーローの姿を自分に重ね、YouTubeで試合を繰り返し見ては、そのスタイルを目に焼き付けてきた。警察官を辞めてすぐに入ったジムの会長に「その背格好でヘビー級でやっていくなら、マイク・タイソンになるしかない」と言われたことが、マイク・タイソンを意識するきっかけだった。マイク・タイソンが自伝に記した「小柄で臆病だった」という幼少期にも愛鷹はシンパシーを感じた。

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■母子家庭に育ち、内気でひ弱だった少年時代

 身長180センチ、体重90キロで色黒という現在の見た目からは想像し難いが、幼少期の愛鷹は本人曰く「内気でひ弱」。さらに、いじめの対象になった時期もあったという。中学1年になると「センスがない」と早々に野球に見切りをつけ、友人の勧めで柔道を始めたが、体重45キロのやせ型だった愛鷹少年は女子生徒だけでなく、年下の小学生にも「ぶん投げられた」という。日々練習に励みながら毎食3合を食べ続けると、中学3年時には体重が85キロに達した。しかし練習の成果をぶつけるはずだった全中(全国中学体育大会)は、中手骨骨折のアクシデントによって出場すら叶わなかった。その後、静岡県内の高校に進学した愛鷹は、3年時に静岡県内での優勝(90キロ級)を果たしている。

「母子家庭で育ったので大学進学は難しかった」

 高校を卒業した愛鷹は、陸上自衛隊の試験に合格した。そんなある日、自宅の電話が鳴った。電話の主は警察で「あなた、何をしたの?」と母に問い詰められたが、身に覚えなどなかった。

「柔道の審判は警察官がやることが多く、高校での自分の試合を見た方からのスカウトの電話でした。職種は一般職でしたが、柔道経験者を現場に置いておきたいという考えがあったのでしょう

 警察学校から交番勤務を経て、機動隊に配属された。その間、犯人を安全かつ効率的に制圧逮捕するための術「逮捕術」を競う大会で、静岡県警の警官としては初となる関東大会での優勝という実績を残している。

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■周囲の反対を押し切って警察官から格闘家に転身

 18歳で警察官になり5年が経過した23歳、格闘家への転身を決めた。中学生の頃から格闘技が好きで、自宅で筋力トレーニングに励むときはいつも「K-1の映像を見ていました。好きだった選手はグーカン・サキ選手とマーク・ハント選手です。とくに巧いわけじゃないけど、フィジカルと気持ちで勝っていくマーク・ハント選手は好きでしたね。ミルコ・クロコップ選手のハイキックを受けて普通に立ち上がるとか、ヤバいですよね」と笑う愛鷹。その頃から格闘家への憧れは強かった。

 当然ながら安定した公務員を辞することに周囲は強く反対した。苦労をかけた母親には何度も説得を試みたが、最終的な許しは得られなかった。「23歳、今辞めないと手遅れになる」という焦りから反対を押し切って辞職した愛鷹は、当時住んでいた寮から荷物をまとめて実家に戻ると、母親から「しっかりしないさい」と短く言葉を掛けられた。母以上に落胆していたのは祖母で「おばあちゃんにしてみれば『警察官の孫』は近所でも自慢の孫だったようで……」と申し訳なさそうに振り返る。

 「いつ辞めるの?」と言われ続けながら格闘技に打ち込んだ愛鷹が「一つの形になった」と転機に挙げるのは、3年前に獲得した「Bigbangヘビー級王者」のタイトル。さらなる飛躍を誓った愛鷹は、米大リーグで活躍する大谷翔平選手など著名スポーツ選手のメンタルトレーニングを手掛けた実績を持つ会社に指導を仰ぎ、精神面も磨いた。今年に入ってからはK-1スター選手の武尊が所属するK-1 GYM SAGAMI-ONO KRESTに移籍。質量ともに高いトレーニングを積むことで年齢の限界を払拭。今では「若い時よりフィジカルもスタミナもある。歳を重ねることにネガティブな印象はない。35歳までは強くなれる」という確信を得ている。

 今回の“ジャイアント・キリング”を受け、母が観客席で号泣していたという話は後になって聞いた。沼津の実家に戻った愛鷹の顔を見た祖母もまた号泣し「あんたはスゴイよ。信じていたけど、まさか本当にここまでやってくるとは思いもしなかった。お巡りさん以上に誇れる孫だよ」と嬉しい言葉をかけてくれた。

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■多くの人に影響力を与える格闘家「マイク・タイソンのようになりたい」

 試合後に「俺の夢は、いや、目標は世界一なので、次、タイトルマッチやらせてください」と語った愛鷹。実際にタイトルを賭けて戦うとなれば、今回のようにはいかないということは本人も自覚している。

「正直、今回の試合で彼はどこか自分のことを舐めていたはず。1Rの猛攻はキツかったし、パンチはカタかったけど、1R途中で息を切らしていることは分かっていました。手を抜いていたとは言わないけど、そこまでトレーニングに打ち込んできたかといえば、疑問もある。次は本気で来るだろうから、そうはいかない」

 試合後のマイクで夢を目標と言い直した理由については「自分の中での区切りとして20代のうちにK-1チャンピオンになるという目標がありました。夢だと遠い目標みたいになってしまうので」と説明する。そんな愛鷹には好きな言葉がある。「他喜力(たきりょく)」とは、メンタルトレーニングを受ける過程で知った造語で、「他人を喜ばせる力」という意味がある。

「警察官の時は静岡県民の安心安全のためにご奉仕してきました。今回の試合後には見知らぬ人からSNSで『感動した』『勇気をもらった』などのメッセージを多く頂き、K-1ファイターという職業は全国の人に影響を与えられると知りました。挑戦することに躊躇っている人、自分は無理だ、才能がないと思っている人に『こんな不器用で技もなく、力任せの男でも、継続していれば何かしら結果が伴う』ということを今後も見せていきたい。僕がマイク・タイソンに抱いていたように『愛鷹亮みたいなファイターになりたい』と格闘技を始める子どもたちに思われたら最高ですね」

 一発必勝のスイング・フックには代償も伴う。今回は試合前に打ち込み過ぎて、本番一週間前に肘を故障。当日は痛み止めを服用して試合に臨んだ。「今までは『一発でも当たればな』と揶揄されることも多かったですけど、一発当てるための組み立てを練り直して、さらに凄いのを当ててやります」と愛鷹。次はベルトを賭けた試合で、その一発を披露して欲しい。

取材・文/車谷悟史

(C)AbemaTV

▶映像/世界王者を一発で沈めた愛鷹のスイング・フック

「超鳥肌の失神KO!」愛鷹亮、王者・シナを一撃で沈める
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