毎日解剖しても間に合わない…ドラマで人気も人手不足な「法医学者のリアル」
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 『サイン』『アンナチュラル』『監察医 朝顔』など、次々とドラマの舞台になっている法医学の現場。18日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、ドラマでは描かれることのない法医学者の現実に迫った。

■「友達が6人いたら、1人は警察扱いになる」

 変死体だけでなく、病院や自宅において死亡した場合も、医師による死亡診断書がないケースなどは「異状死」と呼ばれ、検視官・医師による事件性や死因を調査する検視(検案)が行われることになっている。ここで死因が判明しなければ、監察医制度のある大都市では行政解剖が、そうでない場合は遺族の承諾のもとで法医学教室などが解剖を行う。さらに犯罪の可能性がある場合も、法医学教室などが司法解剖を行っている。2018年に検視された遺体は約17万人(交通事故などを除く)で、そのうち解剖されたのは2万344人(12%)に上る。

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 神奈川歯科大学歯学部・神奈川剖検センター長の長谷川巖教授は「例えば病院で医師の診断のもと、その診断名で亡くなったものを異状死と呼ぶが、実は亡くなった方のうち15%~20%程度がそれに該当しているので、意外にたくさんの方がいらっしゃる。つまり友達が6人いたら、1人は警察扱いになるということなので、決して他人事ではない。ただ、解剖する前の段階の検案で死因が分かり、そこで終わる方の方が多いので、行政解剖、さらに犯罪性のある司法解剖となる方の割合は少ない。また、解剖は医師免許の他に厚生労働大臣が発行する資格認定証がなければ実施できないため、警察からその地域にある大学の法医学の医師に電話で依頼が来るのが基本だ。ただ、私も含め法医学の先生は大学の教員なので、講義や講演などもある。そこは警察に時間を調整して頂くこともある。それでも事件によっては一刻を争う場合もあるので、全ての仕事を棚上げし、その日のうちに搬送してもらい、大至急で死因究明をすることもある」と説明する。

 また、世界の解剖率を見てみると、スウェーデン89%、オーストラリア54%、イギリス46%、そして日本は12%となっている。

 「スウェーデンは福祉国家ということもあるし、中東には国の制度で解剖ができないという国もある。また、文化の違いもあると思う。亡くなってしまえばお体はお体、ソウル(魂)は別にあるという考え方の人たちもいるが、日本では亡くなった後も体に傷をつけることに抵抗感がある。だから日本の数字が高いのがいいというのは一概には言えない」(長谷川教授)

■「年に300~400体、長い場合は12時間かかることも」

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 そんな解剖の現場を取材したのは、シリーズ20周年に突入したドラマ『科捜研の女』の主人公・榊マリコのモノマネに沢口靖子本人も太鼓判を押した芸人・メルヘン須長。まず訪れたのは千葉大学医学部。案内してくれたのは、法医学研究センター長の岩瀬博太郎教授だ。「『科捜研の女』では、毎週木曜日に解剖するが…」と尋ねる須永に岩瀬教授は「私の場合、年に300~400体。例えばメッタ刺しなんかの司法解剖だと、12時間くらいかかることもある」と話す。

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 須永が緊張した面持ちで解剖室に入ると、見慣れない器具の数々が。「頭を開けるノコギリ。スプーンのような道具は、血液を心臓から器に移す時に使う」。一方、見覚えのある量りは「心臓や肺などの重さを1個ずつ量る。心臓が重い場合、心臓の病気の可能性があるので、それぞれの臓器の重さも重要だ」。壁のボードには、実際に量った重さが全て書き出されていた。

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 続いて入ったのは、数千万円もする機械が設置されている機器分析室だ。「バレずに人を殺そうと思ったら、薬物や毒物が一番手っ取り早い。しっかり検視するには、薬物検査の機械が必要だ」と岩瀬教授。この部屋では、DNA検査も行うほか、重要な証拠になりそうな臓器の一部を長期間保存する。

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 これほど丁寧に遺体に向き合う法医学者たち。しかし岩瀬教授によると、その数は全国に130人~150人程度。「非常に少ないですね」。

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 続いて向かったのは長谷川教授の勤務する神奈川歯科大学歯学部・神奈川剖検センター。現場で活躍しているというのが、解剖前の撮影に使う遺体専用のCTスキャンの最新型だ。「以前のものだと、全身を撮るためには1時間半くらいかかっていたのが。大体1、2分で済む。しかも、かなり細かいデータが取れる」。実際のスキャン画像を見せてもらうと、皮膚の下や骨の様子を360度回転して見ることができた。「このケースでは、心臓の周りの大動脈が破れて血液が溜まっていた。解剖しなくても死因が分かった」。

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 しかし長谷川教授は「画像診断はあくまでも画像診断だ。機械の限界を分かった上で、きちんと死因を究明することが重要だ。画像診断で決着がつくこともあるが、多い時は日に7、8件くらい解剖する。1件につき2時間くらいはかかる。行政上必要だということで解剖嘱託書が来る司法解剖の場合は全て解剖し、頭、胸、お腹、骨盤腔内も含めて、お体の中を全てきちんとお調べする。また、骨しか残っていなければ、その方に何があったのかは分からないため、“死後変化高度のため不明”とせざるを得ない。力を尽くしてお調べしても、なぜ亡くなったかが分からないということはある」と話す。

■「生きていらっしゃる方たちのための予防医学につながっている」

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 ドラマでも度々描かれる警察との関係について長谷川教授に尋ねてみると、「現実的には警察ドラマのような銃撃戦が実際の日本では起こらないように、法医学教室でも警察とご家族、もしくは私たちで、ドラマチックな齟齬があるかというと、あってはいけない。それがないように、きちんと捜査をするのが警察の仕事。一方、医学的に中立の立場で真実を追求するのが私たちの仕事だ。万が一警察の捜査情報の中に気になる点があれば、“ここは医学的な所見と違わないか”ということをお話しすることもある。そのようなケースが、時津風部屋力士暴行死事件だ。警察の捜査結果に対し、ご家族が“そんなはずはない”と言った。そこで法医学者が改めてお調べしたら、死因が違っていたことがわかり大問題になった。やはり警察の方と仕事をすることが多いが、私どもは医師だ。亡くなった方とはいえ、どなたかのおじい様やおばあ様、お父さん、お母さん、お子さんだった方。ご家族の大事なメンバーであって、決してモノではない。その方が期せずして亡くなってしまったが、死因がよく分からないという時、医学的にお調べするのが私たちのミッションだ。そして、その間に入るのが警察の方々だ。私ども法医学の医師がご遺体を拝見し、診察させて頂く前の段階では、寝ずに雨の中で捜査し、朝までかかって書類を整えて、“先生、これで見てください”といって持ってきて下さることもある。彼らが治安を維持してくれているおかげで私たちは何事もなく暮らせている。その上で、医学的に必要な所で私たちが仕事をする。やはり警察の方たちのご協力、ご尽力なしには成り立たない」と語った。

 来年4月1日には、犯罪や災害で死亡した人の死因特定のための体制強化を目的とした「死因究明等推進基本法」が施行される。具体策としては、「法医学の研究拠点や専門機関の全国的な整備」「死因究明に係る医師・歯科医師等の育成・教育」「MRIの積極利用などで死因情報を収集」などが挙げられている。

 「人が増えるかどうかは大変悩ましいが、法律ができたということで財源がついてくれるといい。また、テレビドラマのおかげもあると思うが、研修医が終わった後、ありがたいことに法医学や予防医学、産業医学に入ってきてくださる方も増えつつある。そのためのポジションを増やしていくことも課題だ。多くの先生が知恵を絞っている所だ」。

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 この分野の専門医になった理由について尋ねると、「一番やりたかったのが、真実を知るということ」と話す長谷川教授。「“真実の解明から予防へ!”というメッセージを伝えたいという。

 「意外と知られていないことだが、私たち法医学分野の医師は、亡くなった方の死因を調べて放置しているわけではない。例えば労災による死因を究明することで、産業医が企業で健康診断をしたときに“この状態だと心筋梗塞を起こす可能性がある”“今の条件で仕事を続けると、階段から落ちて骨折してしまう”などと言えるようになる。生きていらっしゃる方たちに同じことが起きて亡くなることのないようにする産業医学、予防医学に全てつながっている。学生の頃、医者は患者さんにあまり感情移入するなと教わった。それでも、この方がなぜ亡くなってしまったのか。ご家族はどう思っていらっしゃるのかを考えると、やはり感情が入ってしまって非常に心が痛い。それでもお体の中から医学的なメッセージを汲み取るのが仕事だ。それをご家族にお伝えするだけでなく、同じような事件、同じようなご病気が起こらないようにお伝えしていくのが私たちのミッションだ。全国の医学部の学生さん、そしてこれから医者になろうと思っていらっしゃる方たち。私たちは真実を目指し、そして全ての方により健康に過ごして頂くために何ができるかということを探している。共感できるという方と、ぜひ一緒に仕事をしたい。待っている」。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

▶映像:法医学教室の模様

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