「祖父のノートを解き明かしたい」「お金が出るからじゃない」アイヌ文化を実践、継承に挑み続ける大学生
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 全国で唯一、アイヌの若者に奨学金を出している札幌大学。4年生の葛野大喜さん(22)は週に2回、アイヌの伝統舞踊やアイヌ語を学ぶグループのリーダーを務めている。メンバーは現在20人で、そのうち13人がアイヌの若者だ。「何と言っても、表紙が僕のじいちゃんです。そこがイチオシポイント」。大喜さんが笑顔で指す冊子に写る祖父・辰次郎さんは、アイヌ文化に精通し、仲間から「エカシ(長老)」として慕われる存在だった。

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 「そもそもアイヌ語って何だか分かりますか?。明確な基準はないんです。アイヌ民族という言葉も、日本人がつけたような名称です」。狩猟民族として独自の文化を築いてきた先住民族アイヌ。しかし150年前、その暮らしが一変する。明治政府が土地を奪い、狩猟を禁じたのだ。餓死者を生むほどの困窮と差別。出自を隠さざるを得なくなった人も多かったという。

■「今のままじゃ人数が足りない」

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 そんな時代にあって、辰次郎さんは口伝えで受け継がれてきたアイヌ語を日本語で記録。2000語を超える単語、儀式の言葉、そして物語。ノートは100冊以上に及んだ。一方、地元の建設会社に勤める葛野さんの父・次雄さんは、17年前に亡くなった辰次郎さんからアイヌの文化をしっかりと学ぶ機会はないままだったという。アイヌには死後、魂は神の世界に戻り、肉体は土に還るという考えがある。

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 辰次郎さんをアイヌ式の土葬で弔ったという次雄さんは、代々受け継がれてきた儀式の道具を前に、文化が途絶えることへの危機感を口にする。「俺の時は、まず生活水準が低いということだとか、差別があったとか、そういうことばっかりだったから。これから大喜がアイヌ文化でご飯を食べていけるようなことになるかどうかはまだ分からないことだけど」。

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 大喜さんは月に数回、日本の民俗学者でアイヌ研究の第一人者、藤村久和さんからアイヌの儀式や作法を学んでいる。挨拶もアイヌ語で交わす。各地の古老を訪ねて聞き取りを重ねた藤村さんは、辰次郎さんのもとには30年近く通いつめたという。「私に教えたかったということより、本当は自分の子(次雄さん)や孫(大喜さん)に伝えたかったんだろうと思う。でもなかなか時代背景の中では無理な状態だったので、私に教えることで伝えてもらいたいということだったのだろう」。

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 最近、辰次郎さんのノートが新たに2冊、見つかった。大喜さんが1歳の時に書かれたものだった。「『大喜 マワシヌ キノ オウレウス キワ シオイナ カムイ コオンカミキ』。大喜は健やかに成長して、聖なる尊い神様へ拝礼をする、ということが書いてある。不思議なこともあるもんだなあと」。こうしたノートのほとんどは、今も手付かずのまま。このままではアイヌ語を絶やすなという祖父の思いは遂げられない。「今のままじゃ人数が足りない。1人でもいいから増やしていく。それはその時にアイヌの血筋なんていうのは考えている暇はない。本当に」。

■「まだアイヌっているんですか」と言われる

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 「北海道にいて知らなさすぎるもんね。ひどい人なんて、あれだよ。“まだアイヌっているんですか”とか。いやいや、目の前にいるのがアイヌだからって(笑)」。

  ハンターの門別徳司さん(37)の食卓には、クマやシカの肉が上がることもある。北海道は農業や林業へのシカの食害が深刻だ。道はここ5年間で30万頭を減らす計画だ。しかしアイヌ民族の考えでは、人も動物も同じ大地の一部。自然界からいただいた命。畏れ敬い、感謝の気持ちを込める。「ちゃんと俺のところに来てくれて、どうもありがとうございます。魂がちゃんとカムイモシリへ戻り、そしてまたアイヌモシリ(我々の世界)へ来てくださるよう…」。礼を尽くして魂を送る。これも同化政策で奪われた、かつての営みだ。

 「伝統的な暮らしをしている人がいないとかって言われるけれども、そういう環境じゃないんだよね。僕らアイヌ民族がやっぱり一からまた文化を勉強しているって感じで。伝承していくにはすごく苦労することで」。

■「やらないと見ることもできない」17年ぶりの儀式に挑む

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 今年8月、生前、アイヌ式の土葬で弔ってほしいと話していた次雄さんのいとこ・タナヨさんの葬儀で、次雄さん自身が喪主を務めることになったのだ。新ひだか町の葛野家に親族や知人が集まり、17年間も途絶えていた儀式を行うことを決めた。準備は多岐にわたるが、儀式に精通した人がいないため、議論しながら、それぞれの遠い記憶を寄せ集めながら進める。そして、あの世で生活に困らぬよう、日々の暮らしで使う一式を3日かけて取り揃え、魂を送り、肉体を大地に還す。

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 土葬の儀式もまた失われた風習の一つ。祈りを捧げたいという気持ちと、学び直した知識。思いがかみ合わず、葬儀での手順などを巡って、大喜さんと次雄さんが激しい口論になった。「俺はアイヌとしての文化を守るためにやらなきゃならないことだと思っている。息子がどういう風に受け止めているのか、それはまた別の話で。息子の心までまだ分からんわい」(次雄さん)。

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 アイヌ民族の言い伝えでは、亡くなった人の魂は肉体を離れ、あの世に向かうとされている。道に迷わぬよう、「クワ」と呼ばれる墓標を杖の代わりにして進むのだ。あの世にたどり着いた魂は、この世と同じように生活を続ける。アイヌ文様の衣装を着せ、装飾品も持たせる。「やらないと見ることもできないし、知ることもできないし、本に書いてあること、きれいな写真、きれいな映像と見てもやっぱり自分がやるという、ただ一回の方が勉強になったりする」(大喜さん)。

 大喜さんは、儀式でアイヌ語を使うよう努力した。「タナヨおばさんに、今こうやってアイヌ語で喋っているぞ、頑張っているぞ、というところを見せられたらいいかなと思うから。みんながこうやって集まって、アイヌプリ(アイヌ式)で葬儀したいと気持ちを込めて言っている。すごく嬉しいし、羨ましい。それを言葉にしてタナヨおばさんに言った」。

 アイヌ語で祝詞をあげる大喜さんの様子を見て、次雄さんは「格好良くやるとか、大きくやるということではなくて、わしらの文化を伝えたい、その一心だ。あれだけの単語をどんどん並べていくことだけなんだけどなかなかそういうことって大変なことなんだと思う。よくやってくれたなという思いばかり」と目を細めた。

■観光への期待も…「お金が出るからじゃない」

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 小屋を建て、服を縫い、装飾品で飾る。自然の恵みを得て日々の糧とする。アイヌとしての暮らしがあって初めて、儀式が生まれる。そして、魂はこの地を離れるため、土葬が終わると、墓に訪れることはなく、供養はそれぞれの家や集落で行うことになる。一方で、こうした独自の風習は、偏見や差別を生んだ。「アイヌは墓参りをしない、先祖を大切にしない民族だ」と決めつけ、墓標が朽ち果て、大地に帰っていく様を見て、「ここは無縁墓地だ」と次々に掘り返し、遺骨や装飾品を持ち去る研究者も現れた。

 政府は今年に入り、法律で初めてアイヌを先住民族と明記した。「広くアイヌ文化を発信する拠点を白老町に整備し、アイヌの皆さんが先住民族として誇りを持って生活できるよう取り組みます」(安倍総理)。

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 来年4月に開業する、民族共生象徴空間「ウポポイ」。“みんなで唄う”という意味で、伝統舞踊や儀式の披露、工芸品、生活用品などを集め展示する。アイヌ文化復興の拠点との位置づけだが、観光での利用に熱が入る。アイヌ政策推進本部長でもある菅官房長官は、「年間来場者100万人の目標を達成して、ウポポイが北海道観光の起爆剤、そしてこのことによって北海道が観光先進地となることができるように」と話している。

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 国は「アイヌ民族の人口を正確に把握することは困難」としているが、北海道の調査では、アイヌ民族の人口は1万3118人。4年間で3668人が減少した計算だ。「アイヌ文化って、今もやっているんだ。それはお金が出るからじゃない、注目が集まっているからじゃない、気持ちを込めたいからやっている。みんなができるようにしたいし、それが文化でしょ、と思いますけどね」と大喜さん。

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 “祖父のノートを解き明かしたい”。そんな思いから、大喜さんは、大学院への進学を検討している。そして誰もが手に取れるよう、出版を目指す考えだ。今を生きるアイヌのために。

(北海道テレビ放送制作・テレメンタリー『いまを生きるアイヌへ』より)

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