プロ、アマ問わず麻雀プレイヤーにおいて長年、議論のネタになるものに「打牌スピード」がある。長く考えることをよしとしない風潮があり「早く切る方がいい」というイメージは根強い。ただ、早く切ろうとすれば、それだけ自分の手牌、相手を含めた河の状況、点数状況なども、より早く考える必要がある。プロ麻雀リーグ「Mリーグ」の選手に聞いたところ、アマチュアにその思考を伝えようとすると「口頭なら1局で2時間かかる」という衝撃的な言葉が返ってきた。
質問に答えてくれたのは、期待値追求型のスタイルを貫く赤坂ドリブンズの園田賢と村上淳(ともに最高位戦)。確固たる麻雀理論に基づき、昨年はチームメイトの鈴木たろう(協会)と3人で、初代Mリーグ王者に輝いた。今期はプロ2年目の丸山奏子(最高位戦)を含めた4人で戦っているが、その頭の中では集めに集めた情報と推理が渦巻いている。
園田 麻雀というのは一瞬、一瞬で特な選択を繰り返していくだけです。それは結局、計算はできないから、麻雀はアナログなゲームではあるんですが、その感覚とかロジックで、こっちの方が得だという選択を繰り返します。自分の手格好だけで判断するのではなくて、相手が何巡目と何巡目が手出しだったとかも見て「七対子の可能性があるな」というのを、5回に1回なのか、5回に2回なのかという計算を頭の中でやるのと、やらないのとでは、全然違うんです。
村上 麻雀で考える時間は将棋みたいに決まっているわけではないので、曖昧に「なるべく早く打ちましょう」っていう感じでしかないですよね。早く打つこともあれば、止まって考えることもあるし。遅く打つ人がいたら、イライラする人がいるかもしれないけど、イライラする方が悪いのか、待たせる方が悪いのかわからない。社会のマナーと一緒ですかね。ただ、捨て牌と点数は見えていますけど、見えていない部分も想像し、推理する。これをどれぐらいできるのか。ツモる前に捨てる牌を決めておけという人もいますけど、その前にまず3枚(相手に)切られるわけで、その3枚も手出しかツモ切りかで手牌を推理するわけだから、そんなに短時間でできるものではないと思います。
麻雀は、相手の手牌や山牌がわからないことから「不確定情報ゲーム」とも呼ばれる。与えられた情報の中から、見えない情報を推理する。もっとも分かりやすい例は、相手のアガリ牌(待ち牌)を読むことだが、これを正確に見極めることも至難の業だ。ただ、トッププロはこれを一打ごとに考えることを繰り返し、徐々に処理速度を早めていく。この過程をアマチュアに伝えようとすると、冒頭の「1局で2時間かかる」という言葉に行き着く。
赤坂ドリブンズでは、アマチュアを集めた教室「ドリブンズアカデミー」を開催している。各選手がこの一打を切るために、どこまでのことを考えて、その選択になるのか、懇切丁寧に説明すると、時間内に半荘1回などまるで消化できない。4人の捨て牌が1段目、6巡を経過するまで、1時間かかることも珍しくないという。
村上 1局終わるのに、口頭で説明したら2時間ぐらいはかかりますね。僕らはその量を瞬間で考えています。膨大な量を把握して、その上でのスピードです。ただ「牌切ったな」というだけでいいなら0秒で終わりますけど、今これを切ったらこういう形で待っているかもしれない、さらにあそこから切られたら、あのパターンは1個消えたなとか、どんどんと理論が構築されていくんです。それを(相手の)3人分やるんですから、それをしながら「ツモってすぐに切りなさい」というのは、人間では出来ないことだと思っています。
将棋は、タイトル戦を除く対局であれば、最も持ち時間が長いもので各6時間(順位戦)。平均手数は115手前後とも言われている。1人あたり60手も指さないことになるが、自分の一手で相手がどうなるか、大量の分岐パターンを頭の中で考えるために、1時間以上考え続けることも珍しくない。
一方、麻雀は1局あたり、最大で17~18巡。流局であれば4人で合計70枚の牌が切られることになる。1局平均12巡としても、半荘最短8局で96巡。打牌は400枚近くになる。それでも半荘1回で、2時間は超えても3時間を超えることは、まずない。目まぐるしく変わる状況を瞬時に取り入れ、分析し、自分の選択に反映させる。改めて数字を並べるだけでも、尋常ではない作業を行っていることがわかる。ある選手が「リーチしたら休める」と語ったこともあるが、リーチ後はアガるまで牌をツモる・切るの単純作業しかなく、考える必要がなくなるからだ。
放送対局では実況、解説が戦いを伝える役割を担うが、4人それぞれの思考をリアルタイムに汲み取り、口から言葉にして出すのも、非常に困難。全員の手牌こそ見えるが、逆に選手の「見えない気持ち」も代弁しなくてはならない。超ハイレベルの思考を、細部まで伝えようとしたら、それこそ1局で2時間以上の時間を要することだろう。勝敗という点においては、運の要素も大きく絡む分、思考が浅く思われがちな麻雀だが、実際には他の頭脳スポーツに勝るとも劣らない思考が、絶え間なく続けられている。






