個人成績、29人中28位。勝負の世界に生きる者であれば、思わず目を背けたくなるような数字だが、必死に前に進んでいる。渋谷ABEMAS・松本吉弘(協会)は、リーグ2年目で迎えたこの苦境に対して、沈黙をするのではなく、逆に外に向かって発信することで、重い一歩を踏み出せている。試合中に顔をゆがめ、負ければSNSで悔しい気持ちを遠慮なく出す。松本の頭の中に、苦しい時期を乗り越えて成長し、笑顔のゴールにたどり着くストーリーがはっきりと書かれているからだ。
リーグ最年少の若手選手として注目を浴びた1年目。チームメイトの先輩・多井隆晴(RMU)、白鳥翔(連盟)とともに戦い、21人中10位、+22.1と健闘した。緊張の1年目を終え、2年目はより自分が活躍してチームを優勝に導くのだという意気込みがあった。ただ、2019年の試合を終えた時点で、見えているのは▲208.4という数字。「16歳から麻雀人生が始まって、今年で11年目なんですけど、こんなに負けたことがないですね」というほどだ。これまでが恵まれていたのか、今シーズンが不運なのか。それとも実力か。麻雀というゲームの特性上、敗因が明確に分からないところも厄介だが、松本は実に落ち着いている。落ち着き方を覚えたと言ってもいい。
Mリーグという大舞台において、先輩たちが思わぬミスをし、それを見て後輩・松本がさらに緊張した、という経験もある。だが、今年はそうならない。「去年より一番鍛えられたのは、心ですかね。こんなに負けているのに一気に返そうとはせず、自分の麻雀を打ち続けて一歩でもチームのためになろうと、落ち着いて打てていると思います」と、まるで慌てない。きっかけは開き直りだ。
頑張りたい気持ちは、去年も今年も変わらない。ただ、腹の括り方は変わった。「去年は怖さがありました。どこかで見栄を張っていて、かっこつけたい自分がいたり、最年少だけどトッププレイヤーと一緒にやれるんだみたいな、小さなプライドがあったりしたんですよ。そのプライドがラスを回避しようという気持ちにつながって、放銃率がリーグ2番目に低かった。でもそれはバトルする回数の少なさを表していて、単純に果敢に攻めていくぶつかり合いが少なかっただけなんですよね」。今思えば、戦っているようで戦っていなかった。プライドが邪魔をして、覚悟が足りなかった。今年は戦うと決め、たとえ大きなマイナスを背負っても怖くない。
怖くはないが悔しい。そんな思いは、言葉してファンに伝えることにした。「SNSを書いている時はもうしんどくて、思わず出ちゃっているっていうのもあるんですが、応援してくれる人も去年の倍ぐらいいて。負けているところの悲劇性がいいんですかね。それとも頑張っている姿勢がいいのか」と、大きな反響に驚いている。順風満帆の選手より、苦しみながらも必死に戦う選手に気持ちが乗る。それもまたファン心理だ。「自意識過剰かもしれませんけど『松本吉弘』っていうストーリーを見せられたらいいなとは思っているんです。成長物語みたいなものを」と、自らの役回りもしっかりと把握している様子だ。
このどん底から這い上がるストーリーは、松本のようなポジションにいる選手にしか演じられない。若武者が、周囲の強者たちに立ち向かい、厚い壁に阻まれ、跳ね返される第一幕は約3カ月間で十分に演じた。まもなくやってくる2020年。松本は第二幕、第三幕で華々しい大逆転を演じるために、日々の鍛錬に励む。
◆Mリーグ 2018年に発足。2019シーズンから全8チームに。各チーム3人ないし4人、男女混成で構成され、レギュラーシーズンは各チーム90試合。上位6チームがセミファイナルシリーズ(各16試合)、さらに上位4位がファイナルシリーズ(12試合)に進出し、優勝を争う。






