ドイツ選手の激しい“ラケット破壊”映像がリプレーされるや否や、視聴者のテニスファンが騒然となる事態に至った。
3日に開幕したATP(男子プロテニス協会)が主催する国別対抗戦『ATPカップ』。その初日に行われたドイツ対オーストラリアの一戦で問題のシーンは起こった。第1試合のシングルス2を落としたドイツにとって、第2試合のエース対決は絶対に負けられない戦い。ダブルスの戦力を比較するとドイツ有利なのだから、世界ランキング7位のズベレルは、世界ランキング18位のデミノーに勝って、スコアを1−1のタイに戻したいところ。そして試合は第1セットを6-4、第2セットも4-2とズベレフがリードし、楽勝の展開で進んでいったのだが……。
テニスでいちばん簡単に相手にポイントを与えてしまうミスが「ダブルフォールト」だ。2本あるサーブを2本ともミスしてしまうのがダブルフォールト。トッププロの世界では1試合で数本しか見られないイージーミスだ。
テクニック的に未熟なジュニアの試合になると頻繁に目にするダブルフォールトだが、コーチたちは、ミスしたジュニアたちに、「ラインをオーバーするのは良いけど、ネットにかけるミスは絶対にダメよ」とアドバイスする。ミスするにしても思い切りラケットを振っていればOK、ビビってラケットが振れなくなるのはNGということだ。そんなことはテニス選手なら誰でも知っている。
ところが世界7位の男のサーブが突然おかしくなってしまった。第2セット4-2からのサーブは打っても、打ってもネットの下のほうにかかってしまうのだ。それはジュニア時代から「絶対に犯してはいけない」と言われ続けてきたミス。ズベレフの表情はすっかり曇ってしまい、心のイライラが周りにまで伝わってくる。
ダブルフォールトでサーブを落としてベンチに戻ったときにそれは起こった。1発、2発、さらに3発、4発……そして5発とラケットをコートに叩き付けるズベレフ。カメラはずっとその姿を追い、さらに後にはスーパースローを使ってその状況を再現する。粉砕されたラケットから剥がれた塗料がキラキラと舞う映像は初めて見た。
この衝撃的なシーンに試合を中継したAbemaTVの視聴者からは「折り初めw」「ラケット虐待」「ラケットに罪はない」などのコメントが殺到。なかには「ズベがラケット破壊すると安心する」「折るくらいなら欲しい」といった声も聞かれた。その興奮ぶりに隣に座っているチームメイトも顔をしかめる他なかった。
これで試合の流れはすっかり変ってしまった。地元オーストラリアの観客の大声援に応えてデミノーの動きが良くなる。ハイライトは第2セット、6-5からのスーパーショットだ。勢いがあるときには読みがバッチリ当たる。とても追いつけないようなボールに追いついたデミノーのフォアハンドは一見の価値ありだ。
試合は漫画のような逆転劇でデミノーが勝利した。この試合のズベレフを見ていればテニス選手の心の動きがよくわかる。これまで何十万発、何百万発のサーブ練習をしてきたかわからないズベレフ。それでも初心者みたいなミスが出てしまう……簡単なスポーツじゃないから、テニスは面白い。
文/井山夏生(元テニスジャーナル編集長)