アメリカによるイランのソレイマニ司令官殺害を受け、中東情勢の緊張が一気に高まっている。
事の発端の一つは、先月29日、アメリカ軍がイランの支援を受けているイスラム教シーア派武装組織の拠点を攻撃、司令官や兵士ら15人が死亡したことだ。31日、シーア派の民兵組織はイラクの首都バクダッドにあるアメリカ大使館を襲撃・放火。これを知ったトランプ大統領はソレイマニ司令官の殺害を決意。「私の指揮下で米軍は完璧な精密攻撃を実行し、世界ナンバーワンのテロリスト・ソレイマニを殺害した。ソレイマニは米軍の外交官や兵士に対し差し迫った邪悪な攻撃をたくらんでいたが、これを突き止めて終わらせた」と胸を張った。
アメリカへの報復を示唆するイランのロウハニ大統領に対し、トランプ大統領は「攻撃があった場合、重要施設や文化施設52カ所を攻撃する」とツイートで警告。しかしイラクの首都バクダッドではアメリカ大使館周辺にロケット弾が撃ち込まれるなど、すでに報復とみられる攻撃も発生。また、司令官の喪が明けて以降には、さらなる厳しい報復の実行も予測されている。
イランの最高指導者ハメネイ師にも近く、“国の英雄”として尊敬を集めていたソレイマニ司令官。大規模に営まれた追悼式典では、参加者がアメリカへの敵対心を剥き出しにしている。さらにジャムカラン・モスクには、「ジハード」の赤旗が掲揚されたことも話題を呼んでいる。また、イラン政府は5日、「無制限にウラン濃縮を進める」と発表、核合意からの事実上の離脱により、核開発が一気に前進するとの見方も出ている。こうしたことから、ネット上には“第三次世界大戦”というワードも飛び交った。
新著『イスラム2.0』が話題のイスラム思想研究者の飯山陽氏は「ソレイマニはイスラム革命防衛隊の中でも外国で工作をする部門のトップだった人。イランが直接関与したという形跡をなるべく残さないような形で、イランの体制に邪魔な存在を根こそぎ粛清してくれる存在だ。その意味で、体制側にとっては間違いなく英雄だ。一方、そういった強権的な独裁体制に対して、拒否感を抱いている市民もたくさんいて、去年11月半ばには反体制デモも行われているが、このときも、少なくとも1500人くらいが粛清されたと伝えられている」と説明する。
その上で、「イスラム教の中には、やられたらやられた分だけやり返すという、いわゆる“同害報復”の掟がある。実際、イランの関係者がこぞって“私たちは神に誓って報復する”と言っている。イスラム教徒が神に誓って何かをすると言う場合、それを履行しなければ贖罪しなければならない。さらにイラン・イスラム共和国が始まって初めてこの血の色をした赤い旗が掲げられたということは、私たちは血の報復をする、という意味が込められているのだと思う。その意味で、報復は必ずあると言える。ただ、反米のイスラム教をイデオロギーとする国家が存在していること、そして存在し続けることが重要であるので、アメリカを相手に国軍を動員して正規戦を挑むような自殺的行為はしないとも言える。そこで考えられるのが非正規戦だ。イラクにあるアメリカの権益やアメリカ人などを標的にしたいわばゲリラ的、テロ的な報復攻撃、そしてイランの影響下にある武装組織がいる地域におけるシーア派武装組織からの攻撃が可能性としては高い。ただ、やはりあくまでも報復はやられた分のお返しなので、世界を巻き込み、イランを消滅に追い込むような大戦に打って出るというようなことは非常に考えにくい」との見方を示した。
また、飯山氏は「今回の問題はイランとアメリカの二国間関係だけで考えている人もいるかもしれないが、これは中東においてはものすごい問題であり、世界においても非常に大きな問題だ。自由や人権や民主主義といった西洋的な価値を否定する国家・イランが地中海に至る地域を支配しようとしてきた。そして、そのための工作活動を行っていたのがソレイマニだ。そのソレイマニを倒したことでイランの世界戦略をかなり失速させることができる。今後、スンニ派のアラブ諸国とイランがどのように対峙していくのか。この後少しずつ変わってくると思う」とした。
一方、アメリカの動きについて、米連邦議会上院予算委員会補佐官を務めた経験もある中林美恵子・早稲田大学教授は「ソレイマニ司令官はバグダディやビンラディンなど同列の、標的にしていいテロリストで、彼が動くところ、お金を使うところは金融制裁の対象にもなっていた。実は去年5、6月ぐらいにもトランプ大統領がイランを攻撃するのではないかという緊張感が走ったことがあった。ところがその時は無人偵察機だったり、サウジの油田施設への攻撃だったりということで、犠牲者は出ていなかった。しかし今回は民間人の命が奪われ、さらに米軍にも負傷者が出たというのがきっかけになっている。トランプ大統領実としては戦争を仕掛けたり相手に死者が出たりすれば、自分の選挙にマイナスになることを分かっている。それでもソレイマニ司令官によってアメリカの外交官や軍人が命を狙われているという情報が入ってきたために、それを食い止めるようとしたということだ」と話す。
「ただ、前の大統領もその前の大統領も、落としどころがなさそうだと思ったからこそ、ソレイマニ司令官の殺害を選択できなかった。そのテロリストをやっつけた、よくやってくれたというのがアメリカ国内の受け止めだ。ただ、ここまではいい。しかしこれで話が終わるわけではないだろう、ということが議論されている。今回も大統領に対して色んなオプションが示されたと思うし、それを周りの人間が現場的、学術的に推論して分析することは一般人にも権利があるだろう。そういうことがなければ民主主義国家ではない。結果的に、本当はどうだったかというのは歴史が証明することであって、ドキュメントが20年後、30年後には明らかになるのではないだろうか」。
慶應義塾大学の夏野剛・特別招聘教授は「国際社会の中でイランがここまでやってきたことを抜きにして、軍事力の強いアメリカが一方的にやっつけたんだみたいな雰囲気の、ちょっと朝日新聞的な論調が日本のメディアには溢れているが、それはテロの危険に直接晒されず、安全なところから見ているからこその悠長な態度だと思うし、ちょっと偏っているような感じがする。やはりアメリカは9.11以降、国民感情も政府の認識も明らかに変わった。どこで何が起こるかわからないという危機感と、それでも意味のない攻撃などは極力避けようという気持ちがある中でトランプ大統領が判断したということだと思うし、それなりの必然性があったことだと思う」と指摘した。
日本政府は12月、中東への海上自衛隊派遣を閣議決定している。「情報収集目的」が名目ではあるが、昨年6月には安倍総理が現職の総理として41年ぶりにイランを訪問してもいる。
自民党の山田太郎参議院議員は「イランを本当に力で封じ込められるのであれば、それもオプションの一つだとは思うが、とにかく孤立させてはいけない。昔からイランと日本は非常に友好的な関係であるし、石油でも日本はお客さんだ。仮に危機的な状態になったとしても、出口というのはやはりどこかで探さなければいけないし、そこで交渉役が絶対必要だ。そういう時、日本が本当にその役割を保てるかどうかというのがすごく大きいと思う。やはりアメリカと一緒になって全面的に行く、というのは賢いやり方ではない。安倍総理を全面的に褒めるわけではないが、今のところ、非常に微妙な感じで何も言わない。どちらかの立場に立って強い発言もしない。米国とも何かちゃんと議論はしているのではないか」と指摘。
飯山氏は「だいたい同じような意見だ。確かに日米同盟があるが、だからといって明確に反米という姿勢を取るイランに対し、完全に反イランという形で向き合う必要は一切ないと思う。そういう国々があることで、世界がそれこそ2つに分かれて大きな戦争になるのを防ぐことができる。日本も独自の立ち位置で、イランに対してはグレーな感じでうまく付き合っていくことが重要だと思う。暴力がここで加速しても誰も得しない。日本のように、とりあえず核合意は守ろう、自制していこうと呼びかけをするくらいが妥当だと思う」との考えを示すとともに、「私はイスラム教徒ではないが、イスラム教徒の友達がたくさんいるし、人間同士として問題なく付き合うことができている。それは国家も同じだと思う。国民のほとんどがイスラム教徒であるようなアラブ諸国、イスラム諸国の場合も、政治の上では基本的には世俗主義をとっており、人間の作った人定法に基づいて国家を運営して、外交の場にも出てくるというスタンスをとっている。やはり個人のレベルでも国家のレベルでもきちんと付き合っていくことは可能であるというふうに考えている」と話していた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)
▶映像:報復は必ずある? 米VSイランでWWIIIも
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