ソフトバンクの部長だった去年2月、社内から不正に機密情報を持ち出したとしてとして逮捕された荒木豊容疑者が27日、送検された。
これまでの調べによると、荒木容疑者は在日ロシア通商代表部の幹部ら2人に機密情報を渡したとみられている。幹部ら2人はスパイ活動をしていた可能性があるという。名前や身分、連絡先を隠して荒木容疑者に接触。都内の飲食店などで繰り返し接待し現金を渡すなどしており、その見返りとして要求したのが、電話の基地局など、通信設備に関する情報だったとみられている。調べに対し荒木容疑者は「小遣いが欲しかった」「スパイかもしれないと思っていた」と供述している。
ロシア情勢に詳しい東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠・特任助教は「大まかに分けると、ロシアのスパイ機関には2つの系統がある。一つは昔の『KGB第一総局』にあたり、プーチン大統領も昔所属していた『SVR(ロシア対外情報庁)』で、外国にスパイを送り、政治・経済・軍事まで、何でもやる。もう一つは『GRU(ロシア軍参謀本部情報総局)』で、軍事情報がメイン。今回はSVRの機関員だったのではないかと言われていて、かなり広範に情報収集をしていたと思う。また、人の弱みや迂闊さに付け込むというのは、どこの国のスパイも同じで、お金に困っている人、女や酒に弱い人、といったことを調べ、“このアプローチだ”と決めて実行するのだと思う。2000年に起きたボガチョンコフ事件では、海上自衛隊の三佐のお子さんが難病でお金に困っていて、お昼ご飯もちゃんと食べられていないというところを見て取って接近し、関係を深めていった。そうする内に、相手の要求に抗えなくなっていき、渡してはいけない情報と分かりながらも渡してしまった」と話す。
■“協力者がいる”という事実そのものが欲しかった可能性
ソフトバンクは元部長逮捕を受け「持ち出された文書は機密性が低く、機密性の高い情報(個人情報、通信の秘密に関わる情報、当社取引先に関する情報等)は一切含まれない」「当社システムやネットワークに対する外部からの不正アクセスの形跡や不正プログラムなどは検知されていない」との声明を発表している。
ロシア側の狙いについて、各国のインテリジェンス機関に詳しい東京工科大学の落合浩太郎教授は「目的は盗聴かもしれない。ソフトバンクの携帯を狙い、何十万円かのお金で安く情報を手に入れられる。通信情報はどこの国も欲していて、他キャリアも狙われる可能性がある敏感な所だ。簡単な情報から機密度の高い(情報を持っている)人物に接触するなどして、高度な情報を狙う」との見方を示す。
小泉氏は「もともとロシアの情報機関はハイテク情報も扱っており、プーチン大統領も東ドイツ駐在中には西ドイツの先端技術を盗む『ルーチ作戦』に従事していたといわれている。今回も、ソフトバンクの技術で具体的に欲しいものがあったのかもしれな。ただ、今のところロシア側に流れた情報は基地局のマニュアルということなので、レベルとしてはかなり低そうだ。おそらくレベルの低いところから情報を出させて、もっと重要な情報を出させる、あるいは、基地局のマニュアルとはいえ出してはいけない情報ではあるので、“出してはいけない情報をあなたは流しましたよね”という具合に、情報のレベルを上げていくために後々使うということだったのかもしれない。また、イギリスでは戦後、情報機関MI6のキム・フィルビー副長官がソ連のスパイだったという事件が起きている。偉い人の弱みを握っておけば、その人がもっと出世した時に機密情報を何でも流してくれるチャンネルができるかもしれないということで、協力者がいるという事実そのものが欲しかったのかもしれない。GRUもSVRも2年、3年といった任期付きで派遣されて来るので、帰って昇進するためにも、手当たり次第に会える人と会い、飯食える人とは飯食って、その中から取扱注意の文書をもらってくればよかったという可能性もある」と推測した。
一方、慶應義塾大学の夏野剛特別招聘教授は「普通ならドコモを狙う。正直言って、ソフトバンクはファーウェイの技術で基地局を作るなどしているし、無線分野での技術はない。そして、この人を口説いたところで盗聴なんていう話にはならない。また、ロシアのキャリアもファーウェイやエリクソンを使っているので、技術を取っても活かせる会社がない。そう考えると、本当の狙いは何だったのかというと、情報そのものではなく、やはり“とりあえず仕事をしておく”というところがあるのかもしれない」とコメントした。
■日本のマスコミにも食い込むロシアスパイ
警察当局は外務省を通じ、代表部の2人に出頭要請をしているが、1人はすでに帰国している。もう1人についても外交官の不逮捕特権があるため捕まえることができない可能性も高いという。「そこに踏み込むと、例えばモスクワの大使館にいる武官が何かのいちゃもんを付けられて引っ張られるということもあり得る。残念ながら、今のところは相互抑止で外交官のカバーがある人間には手を出さないということだと思う」(小泉氏)。
また、今後について小泉氏は「スパイの数を定量的に調べることはできないが、ロシアが世界でトップクラスに入るくらいスパイ戦をやっている国であることは間違いない。SVRにはSVRアカデミーというものがあるし、クレムリンの真向かいにあるモスクワ国立大学付属アジア・アフリカ諸国大学で日本語を勉強し、情報機関に就職していく人が非常に多いといわれている。また、GRUは特殊部隊や偵察衛星の運用など何でもやる。そしてロシアのスパイは世論も狙う。過去に亡命してきたソ連のスパイが持ってきた情報を見ると、日本のいわゆる右から左まで、まんべんなくマスコミに食い込んでいたことが分かっている。まして今年はオリンピックがあり、ロシア選手団はドーピングで締め出しという状況もあるので、変な情報戦を仕掛けてくる可能性は十分ある。ただ、中国だってアメリカだってロシアにスパイを送り込んでいて、時々捕まったスパイ同士の交換などもやっている。だからこそ、ロシアもアメリカのことは舐めないわけだ。日本の場合、取り締まる側は頑張ってきたわけだが、こちらからスパイを送り込むということをやってこなかった。今の日本が安易にそれをやっても大やけどするだけだと思うが、そうした我々のスタートラインの弱さを認識した上で、ロシアのスパイと向き合うべきだ」と警鐘を鳴らした。
夏野氏は「アメリカとロシアの間も、ロシアとイギリスの間も、もしかしたらイギリスとアメリカの間でも、こういったことは常識だ。それを前提に我々は生きていかなければならないし、三菱電機の軍事情報の話や東芝の機械の話もあったように、日本企業の社員は非常に狙われやすい。それを分かっていない経営者は報酬をいっぱいもらっていても、分かっている現場の担当者は意外にもらっていないという場合もある。そこもしっかりしていかなければいけない」と話していた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)
▶映像:ソフトバンクがロシアスパイの標的に!?
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