(新技を決め渾身の3カウント。この表情が勝利への思いを物語る)
東京女子プロレス旗揚げ6年あまりの歴史の中で、もしかすると最も感動的な瞬間だったかもしれない。
2月11日の北沢タウンホール大会。アップアップガールズ(プロレス)のメンバー・らくがキャリア初の自力勝利をあげた。これまでタッグマッチでの勝利はあったが、自分で3カウントを奪ったのはこれが初めてだ。2018年1月4日のデビューから、2年1カ月が経っていた。伊藤麻希&らく&原宿ぽむvs辰巳リカ&渡辺未詩&鈴芽の6人タッグマッチ。らくは同じアプガ(プロレス)のメンバーで、現タッグ王者の未詩にフォール勝ちした。
らくも未詩も、もともとアイドル志望。「歌って踊って闘える」グループのオーディションも、アイドルになりたい一心で応募した。合格し、プロレスの練習をしながらも戸惑いはなかなか消えなかったそうだ。道場からの帰り道「どうしよう、私たちこのままプロレスラーになっちゃうよ……」と話し合ったこともある。
それでも未詩にはソフトボール部での運動経験があり、パワーファイターとして徐々に頭角を現していった。ベルトを巻いたのもメンバーの中で一番早い。どちらも“アイドルとレスラーの完全同時進行”にもがいていたのだが、レスラーとしての個々の差はどうしても出てしまう。
らくも、ただ漫然と試合をしていたわけではない。スポーツ歴なし、そもそも“闘う”ということがピンとこないおっとりした性格はプロレス向きではなかったが、そんな彼女がプロレスの魅力に目覚めていく過程そのものが見どころになった。頑張れば頑張っただけファンは評価してくれる。そのことに気付いたのはエース・山下実優とのシングルマッチだった。声援を受けて闘う喜びを知ることで、勝利に対しても貪欲になっていった。
少しずつ技が増える。負けた試合でも粘りを見せる。勝利まであと半歩という試合も多くなってきた。本人の「勝ちたい」という思いが伝わってくればくるほど、ファンも初勝利への期待感を高めていった。
「今度こそ」という試合が続く中で、らくは目標とする伊藤麻希と対戦した(2月1日、板橋大会)。まったくの素人、得意技も何もない状態からシングル王者となり、海外でも人気の伊藤は、らくにとってのお手本だ(キャラはまったく違うが)。ここでも善戦しながら敗れたらくは「伊藤さんみたいになりたいです。ずっと負けて悔しい思いをしてきました。だから勝ちたい」と思いを口にした。次の未詩とのシングルも敗戦。試合後、らくは未詩に張り手を見舞った。グループ内での“因縁”発生だが、勝利への思いが溢れ出て止まらなかったのだ。
(初勝利のらくに祝福の紙テープ。いつか訪れるこの時のためにファンが準備していたわけだ)
初勝利は本人の「勝ちたい」という気持ち、ファンの「らくの勝利が見たい」という願いがピークに達した時に訪れたのだと言っていい。3カウントが入った瞬間の盛り上がり、単なる興奮ではないエモーショナルな空気はたまらないものがあった。らく本人だけではなく、観客全員が泣いていたと言ってもおかしくないくらいだった。
東京女子プロレスでは新人が次々とデビューしており、らくも後輩とのシングルが組まれていれば初勝利はもっと早かっただろう。ただ、団体がそういう試合を組むことはなかった。ファンもそれに納得していた。ここまできたら、もうそういうことではないのだ。らくの初勝利は特別なものであるべきだと、多くのファンが思っていたはずだ。
実際、同期で苦楽を共にした未詩からの勝利は特別なものだ。タッグ王者を下す大金星でもあった。試合後、らくはタッグタイトル挑戦を表明。パートナーは伊藤が買って出た。
「メンバーがベルトを獲って。私は私、未詩ちゃんは未詩ちゃんって思ってたけど、本当は凄く悔しかった」(らく)
フィニッシュは新技、相手の後頭部を打ち付ける形のRKOで、らく自身が「ドクターイエロー」と名付けた。これはレアな新幹線の愛称から。鉄道好きのらくらしいネーミングで、黄色は彼女のイメージカラーでもある。新幹線のドクターイエローは「見ると幸せになる」と言われているが、らくの技も間違いなく観客を幸せにした。強いとかデカいとか怖いとかではなく“勝つとみんなが幸せになるレスラー”。それがらくなのである。試合後のコメントも、彼女らしいものだった。
「ずっと応援してくれたみなさんにありがとうって言いたいです。今はその気持ちが一番です」
敗れた未詩は「負けて悔しいんですけど、らくちゃんとベルトをかけて試合ができるのは嬉しいです。この初勝利から一緒に上を目指せたら」とコメントしている。ベルトは譲れない。とはいえらくの勝利は未詩にさえ感慨深いものだったのだ。
デビュー2年あまりでやっと1勝。ここからがスタートであり、伊藤は「今のままではベルトは獲れない」と言う。その通りだろう。ただ“やっと1勝しただけ”のことに涙が出るほど感動してしまうのもプロレスの魅力なのだ。
文/橋本宗洋
写真/DDTプロレスリング