16日、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で45人を殺傷した植松聖被告に対し、横浜地裁は死刑判決を言い渡した。
入所者19人が亡くなり、26人が怪我を負った事件から4年。しかし昨年、知的障害者の家族を対象にした全国アンケートでは、「(事件に関する)社会の関心が薄れている」76%、「事件は風化し、結局何も変わらなかった」31%という結果も出ている。そこで重要になってくるのが、メディアが報道を続けることの意味だ。
被害者家族の1人で、息子の一矢さんが首や腹を刃物で刺され、一時、意識不明の重体になった尾野剛志さんは「こうやって全国に僕の話を伝えていただいて、津久井やまゆり園の事件が風化しないためにと思ってやっている」と語り、事件発生直後から一矢さんと実名・顔出しでの取材に応じてきた。
従来、メディアは警察が発表する被害者の氏名(実名)を元に報道してきたが、やまゆり園の事件では、尾野さんなど一部の家族を除き、多くの関係者が匿名を希望した。 事件発生当時、現地で取材に当たった平石直之アナウンサーは「関係者にたどりつくことができず、とても難しい取材だった。施設を遠目に見ながら、献花に来られる方にお話を伺うことしかできず、核心に迫れないもどかしさを感じた」と振り返る。
ただ、その背景には、家族も含めた差別や偏見の問題が重く横たわっている。尾野さんも「今の日本では、子ども、兄弟が人前に晒される、名前が出る、顔が出ることで、差別とか偏見がすごい」と慮る。
■「“一緒に遊んじゃダメ”と陰口を叩かれたことも」…障害者の家族の苦悩
障害者のきょうだいのためのサイト「Sibkoto」共同運営者の藤木和子弁護士には、聴覚障害を抱える3歳年下の弟がいる。小学生の頃、弟が障害児であることを知られると、親に「遊んじゃダメ」と言われ、疎遠になってしまった友人もいるという。また、「あの子と一緒にいると障害がうつる」などの陰口を叩かれたこともあった。
藤木氏は「言っておきたいのは、私は弟がいて総合的に良かったと思っている。それでも小学生の頃には“不幸がうつる”とからかい半分で言われたり、友達の親が“和子ちゃんとはあまり遊ばない方がいい”と言われていると知ったりもした。弟とは別の私立中学校に通い始めてからは、周囲の友達には弟のことを話さなくなった。もちろん、中には“1回も隠したことないよ”と言う方もいる。それは親御さんや周囲の大人、先生の考え方などの影響が大きいんじゃないかと思うが、私は本当に悩んで、言えなくなった時期があるので、匿名を選ばれる方の気持ちもよく分かる」と話す。
これまで障害のある人のきょうだい数百人と会ってきた藤木氏は、カミングアウトしたことで、恋人から別れを切り出されたり、婚約破棄されたりした事例、レストランやホテルから立ち入りNGとされるといった事例を耳にしてきた。「家族はいつもジロジロ、ヒソヒソという視線に晒されている。そういった面にも配慮しつつ、個人の選択の尊重ではあるが、“言える社会へ”を目指すことが大切だと思う」と訴えた。
■「メディアはちゃんと議論しないといけない」…植松被告と接見重ねた『創』篠田氏
植松被告との接見を続け、公判も傍聴してきた月刊『創』の篠田博之編集長は「私は秋葉原の無差別殺傷事件の裁判も傍聴しているが、このときは写真だけでなく家族の問題なども含めて丁寧に明らかにし、追悼するとはどういうことかを一緒になって考えるというような法廷になっていた。しかし今回の公判では全て“甲乙丙”-つまり甲が犠牲になった人で、乙が被害を受けた人、丙が職員-で、尾野さんの息子さんの時だけ実名が読まれて、次の方からまた記号になっていった」と話す。
「ただ、中には裁判に際して名前だけは公表したいという人が出てきたり、匿名だけれども法廷では衝立なしで顔を出して発言された犠牲者の遺族の方もいらっしゃった。それぞれに匿名・実名問題に悩みながら、自分たちは差別にどう立ち向かうかを考えられていたと思う。そこは理解してあげたい。やはり障害者を抱えた家族は、それぞれ大変な人生を送ってきた。だからこそ本当はディテールも公にし、みんなで一緒に考えようという社会になれるといいが、まだそこまで成熟していない」。
その上で篠田氏は「警察が主語になっているが、実名を要請しているという意味ではメディアの問題だ。被害者が匿名を望むケースが増えているのは、メディアに対する不信感があるからだ。かつては通夜の席に入り込み、平気で撮影するなどしてきた。そういうことが積み重なって、実名を出したら大変ことになるという感覚が染み込んでしまった。この状況をどう考えるのか、メディアはちゃんと議論しないといけないし、そもそも仮名や匿名であったとしても、もう少し背景に迫る報道はある程度はできたはず。そこもあまりできていなかった感じがする」と指摘した。
■デフォルトは「仮名」にすべきか否か
実名報道をめぐっては、昨年起きた京都アニメーション放火殺人事件でも、警察は当初、被害者氏名について匿名で発表。遺族の了承を得た上で約1カ月後に実名を公表。メディアも限定的に実名報道。この経緯の過程では様々な論争を呼んだ。
カンニング竹山「僕はNHKの『バリバラ』でお世話になって、そこで色んなことを教えてもらったが、やっぱり障害に関する日本人の考え、教育方法は間違っていたと感じているし、特別なものを扱うみたいな仕方、チャリティの仕方も間違っていると思う。その根本の考えを変えないといけないし、やまゆり園の被害者の問題が、京アニの被害者の問題と全く同じように議論されるようにならないといけないと思う。そして、傷ついた被害者の周囲の人も傷つけることには何の正義もない」とコメント、タレントの池澤あやかは「匿名だったことで京アニの事件が風化しているとは思えない。やまゆり園の事件についても実名で報じたとして、本当に意味があるだろうか」と問題提起した。
また、慶應大学特任招聘教授の夏野剛氏は「事件名もそうだが、確かに風化させないためにも時代を反映した、アピールする名前を付ける。しかし、それは単に昔の流れでやっているだけで、デフォルトは仮名でいいじゃないか」、幻冬舎・編集者の箕輪厚介氏は「被害者の権利は守られるべきだし、嫌がっている場合は報じるべきではない。それを無理強いするのは一般的な感覚からすると前時代的だと思えるし、10年後、20年後に振り返った時、恐ろしい感覚だったなと思うはずだ」と指摘していた。
改めてクローズアップされた実名報道の問題。報じる側が、事件の関係者、そして読者・視聴者を納得させられるだけの意義を持たなければならない時代になっている。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)
▶映像:「実名公表の小野さん以外は記号」やまゆり園事件から考える報道の在り方
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