挑戦者が立ったまま失神、王者が手を離すと大の字でマットに崩れ、レフェリーが試合を止めた。つまり、ギブアップはしなかった。
杉浦貴との死闘を制し、GHCナショナル王座を腰に巻いた中嶋勝彦に、意外すぎる挑戦者が現れた。大ベテラン・井上雅央だ。
「誰の挑戦でも受ける」というチャンピオンの言葉に「誰にでも挑戦する」とタイトルマッチを要求した井上。反選手会同盟のパートナー・齋藤彰俊がGHCヘビー級王座に挑戦表明したことに刺激を受けた部分もあったのだろう。「チャンピオンは強い。でも勝てそう」という謎の自信を語ってもいた。
前王者の杉浦と同じ1970年生まれ、50歳の井上だが、レスラーとしてのスタイルはまったく違う。インサイドワークを駆使したコミカルな闘いは“雅央ワールド”と呼ばれ、ノアの名物になっている。そのためタイトル戦線とは縁遠かったが、出身は全日本プロレス。小橋建太氏によれば「基本はしっかりしている」。
6月14日配信のノア無観客大会、挑戦者がどんな闘いを見せるかが注目されたタイトルマッチ。この大事な試合で、井上はいつも通りの“雅央ワールド”を展開した。ベルトがかかった試合で急にシリアスモードになる選手もいるが、あえてそれをしなかったのか、それともできなかっただけなのか。
真意のほどは不明だが、井上は中嶋の蹴りを食らうと「手加減しろ、この野郎!」。必死の反撃を潰され「チクショー、ことごとくやり返しやがって……」。試合中にここまでぼやく選手も珍しいのだが、それが井上雅央というレスラーなのだった。
そして井上雅央が井上雅央であり続けることで、しだいにペースを掴むことにも成功していく。驚異的な打たれ強さも発揮してみせた。フィニッシュとなったのは中嶋のスリーパーホールド。打撃や投げ技のダメージで3カウントを奪うのではなく、意識を断ち切るしかないということか。
なんと井上は立ったまま失神。中島が手を離すとゆっくり崩れ落ち、レフェリーが試合を止めた。つまりギブアップはしなかったのだ。それが井上の、タイトルマッチにかける執念だった。
勝った中嶋は「(挑戦してきた)気持ちは嬉しいけど、雅央じゃないよ」。そうバッサリ斬るのも“雅央ワールド”へのアンサーか。次の防衛戦に向けては、挑戦者決定トーナメントの開催を提唱した。
このナショナル王座は無差別級。ヘビー級の選手でもジュニアヘビー級の選手でも挑戦できるのが大きな特徴だ。挑戦者決定トーナメントも、実現すれば魅力的な顔合わせが次々と見られるはず。今回の初防衛戦も含め、中嶋はベルトを着実に自分の色に染めている。