今やプロの将棋界において、将棋ソフト(AI)を用いた研究は切り離せないものになりつつある。見たこともないような戦法が生まれることもあれば、逆に古くなったとされた戦法が再評価されることも珍しくなくなった。「トップ12」の棋士による早指し棋戦「将棋日本シリーズ JTプロ公式戦」に今年も出場した広瀬章人八段(33)も、棋士と将棋ソフトの関係について、深く考える一人だ。「指しているのは人間なんです。人間に向いている、向いていないということは重要なのかなと思います」と、単にソフトの推奨手をなぞるだけが研究ではないという。
▶中継:「将棋日本シリーズ」一回戦第四局 広瀬章人八段 対 高見泰地七段
8月4、5日に行われた王位戦七番勝負の第3局。大活躍中の藤井聡太棋聖(18)が先手番から用いた戦法は、矢倉の一種「土居矢倉」と呼ばれるものだった。昭和初期に活躍した土居市太郎名誉名人によるもので、今から80年前に行われた名人戦でも用いている。その戦法が、平成時代をすっ飛ばし、令和のタイトル戦に使われたことにも、将棋ソフトによる影響があるのでは、と言われている。
将棋ソフトの研究と、自力での研究を織り交ぜる広瀬八段だが「研究は人それぞれが試行錯誤している最中。難しい時代だなと思います」と語り出した。「自分の将棋の骨格を変えることは難しい。AIが苦しいと判断しても、指しているのは人間なので。人における向き不向きを、うまく使いこなせる人が勝ち残っていると思います。そういうところは、渡辺さん(渡辺明二冠)なんか特に上手だなと思います」と説明した。
将棋ソフトが最善とする手が、人間向きか否か。中継の解説でも、よく出るフレーズだ。将棋ソフトからすれば、その最善手の先に実に細い傾斜もきつい勝利への道筋が見えているかもしれないが、足の幅しかないような崖っぷちを好んで歩く人はいない。予期しない相手の応手でこちらが踏み外せば、大逆転負けをくらう危険性もある。これが人に不向きな手だ。一方、人向きの手はもう少し余裕がある。少しぐらついても立て直すルートを持っていることで、じっくりと勝利に前進できる。追い詰められる相手からしても、何を指しても状況が好転しないという方がダメージを受けることもある。
逆のパターンで言えば、劣勢に立たされている側が、人間が落ちやすい罠を無数に仕掛けることもある。その罠は、瞬間だけ見れば評価は低いが、相手からすれば実に気持ちが悪い。最善に最善で返されれば道は真っすぐだが、道をゆがめられたことで踏み外すこともある。将棋ソフトによる事前研究で終盤まで到達することもできる時代だが、最後の最後で戦いを決するのは、やはり人間だ。
戦法においても、トレンドの流行り廃りが早くなっている。居飛車の戦法の一つ「雁木」が注目され、相対的に「矢倉」が減ったかと思えば、最近になって矢倉が復活。また、一時期はこれでもかというばかりに指されていた「角換わり」についても、広瀬八段は「一時期ほどではないですね。相手が無策で来ることがまずないので、その研究を外すということをしないといけない。対局前の準備段階から駆け引きが行われている状況です」と語った。
長い歴史を誇る将棋において、最新技術によって進化を遂げ、それに連れて棋士もレベルアップする。そんな理想な関係で生まれる名局は、見る者の胸を今まで以上に熱くする。
(ABEMA/将棋チャンネルより)