「もし75年前にSNSがあったら?」。この夏、話題を呼んだNHK広島放送局のTwitterアカウント『1945ひろしまタイムライン』。広島を舞台に、戦中から戦後の復興を生き抜いてきた実在する人物の日記やインタビューを元に、当時の日付と同じ日にツイートしていくという企画だ。
・【映像】"ひろしまタイムライン"が差別助長と批判 歴史の伝え方と表現を考える
新婚の新聞記者「一郎」(32)、結婚2年目で夫は軍医として出征、お腹には子どもがいる「やすこ」(26)、そして郊外の農園に疎開している中学1年生の「シュン」(13)の3人による“戦時下のリアル“に多くのフォロワーが共感。特に広島に原爆が投下された8月6日が近づくにつれ、身の安全を気にかける声が急増。当日ツイートには合わせて7000件以上のリプライが届くなど大きな反響を呼んだ。
ところが8月20日、広島から埼玉・秩父へ移動していたシュンの「朝鮮人だ!!大阪駅で戦勝国となった朝鮮人の群衆が、列車に乗り込んでくる!」「『俺たちは戦勝国民だ!敗戦国は出て行け!』圧倒的な威力と迫力。怒鳴りながら超満員の列車の窓という窓を叩き割っていく」というツイートが投稿されると、酷い差別煽動」「当時の価値観だからといって書いていいのか」「人種差別・民族差別をよぶ」「ヘイトスピーチと変わらない」といった批判の声が相次いだ。
NHK広島放送局では「被爆された方々の手記やインタビュー取材に基づいて掲載した」とした上で、「十分な説明なしに発信することで、現代の視聴者のみなさまがどのように受け止めるかについての配慮が不十分だったと考えている」と説明。ただ、シュンのモデルであるとされる男性との意見の食い違いが報じられるなど、問題は複雑化している。
■「現代の差別につながっている」
『1945ひろしまタイムライン』への厳しい批判に対し、「当時の言葉までは変えられない。知ることが大事では」「歴史を修正すべきではない」「過去の声であって、今に向けた言葉ではない」と一定の理解を示す声もある。
一方、「率直に言うとあり得ない。ショックや怒りという前に、何をやらかしてくれたんだと」と危惧するのが、フリーライターで日本国籍の在日コリアン3世の金村詩恩氏だ。「なぜ注釈がないのか。“NHKだってこういうふうに言っているではないか”という広がりを見せることによって、差別的な言動をする人たちが増えてくる。“在日コリアンは差別されて当たり前なんだ”という人たちが増えてくる」と指摘する。
金村氏:戦前、日本にいる朝鮮人はかつての三・一独立運動で日本に歯向かった人たちだということで、協和会という組織に監視されていた。その反動として、解放後、色々なところで事件を起こしてしまった。そのことについては在日本朝鮮人連盟という団体が全国大会を開き、反省の言葉も語っている。だから、確かにツイートに出てくるような騒擾事件あったのかもしれない、というのが私のファーストインプレッションだ。
一方で、違和感もあった。当時は“朝鮮人”ではなく、“鮮人”とか“半島人”、“三国人”という言われ方をされており、私の祖父もそのように呼ばれたと聞いている。また、“戦勝国民”についても、当時の在日コリアンたちは“(植民地支配から解放された)解放国民“という言い方をしていたようだ。実際、シュンのモデルの新井俊一郎さんも“日記にそういう記述は残していない”と言っている。資料にないことを書くのは歴史の改ざんにも繋がってしまうし、歴史を継承していくという趣旨にも反してしまうのではないか。
他方、民族問題などについて発信を続けている元北海道議会議員の小野寺まさる氏は、次のように指摘する。
小野寺氏:騒擾事件については当時の新聞も報道しているので、良い悪いは抜きにして、史実としてあった、ということは認めなければならない。ただ、“戦勝国だ”という発言については、朝鮮半島の方々は日本国民だったわけで、“戦勝国”には当たらないと考える。そして、知識があまり成熟していない中でこういうツイートを急に出してしまえば、様々なハレーションを起こしてしまう可能性がある。そのことをNHKは考慮しなければならなかったと思う。
また、あくまでも私の考えとして受け取って欲しいが、今回の問題は、在日の方々と私たちが、そのような考え方の相違に真剣に向き合ってこなかったことが関係していると思う。朝鮮半島の方々に悪いことをしてしまった日本人の我々も、騒擾事件を起こしてしまった朝鮮半島の方々も反省し、お互いに歩み寄ることを避けてきたがために、“差別だ”とか“ヘイトだ”、“いや、これは史実だ”と、反発し合ってしまう。
■注釈の問題か、表現力の問題か…そもそもTwitterでは限界があったのか
ここからは、番組のレギュラーコメンテーター陣も交えて意見交換を行った。まず、NHKはどのような配慮すればよかったのだろうか、という問題だ。
批判を受けたNHKは、注釈を付ける対応を取った。例えば8月28日、やすこの「廣島の町へ行くだけでもその害毒を受けることだろうし、もし患者に接触したりしても伝染するものだったら…」というツイートには、「※厚生労働省が原爆症と認める白血病やがんなどは伝染しませんが、当時の状況を伝えるため、日記に基づいて掲載します」という注釈を付けている。
これに対し、ネット上には「最初からやっておけば良かったのに」という声や、「世界観が壊れる。臨場感がなくなったなぁ」「作りものになったみたい。時代がそうさせたのか」といった声など、ここでも賛否の声がある。
金村氏は「日記・手記・インタビューに実際にあった記述です。当時の時代背景を理解していただくために使用しました。差別的な意図はなく、差別目的による引用はおやめください。(出典の資料・映像または音声のデータの添付)」といった注釈を付けるべきだったと指摘する。
金村氏:インターネット、Twitterは特に差別的な言動が規制されていない状況なので、在日問題だけでなく、様々な差別の問題が語りにくい。一番短い形は“原文ママ”だが、歴史資料の場合、現代にそぐわない表現もたくさんあるので、場合によっては“原文ママです”とか、手塚治虫さんの漫画作品のように、“人種差別的な表現がありますが、筆者の意図を…”といった注釈を付ける必要がある。ただ、これはTwitterの140字では書ききれない。そこで当時の時代背景を理解していただくために、日記・手記・インタビューにある記述を使うということをまず示し、引用箇所が差別主義者に利用されないようにする必要がある。
ハヤカワ五味氏(ウツワ代表):どう転んでも、いずれかのツイートが炎上していた可能性がある。結局、キャラクター作りや何を学んで欲しいのか、何を考えて欲しいのかというところも含め、Twitterで表現するのは難しかったと思う。その点では、担当者に同情してしまう部分もある。別のSNS、あるいは一冊の本になっていたら違っていたのではないか。
佐々木俊尚氏(ジャーナリスト):その記述を画像にして貼っておけばいいと思う(笑)。
小野寺氏:ただ、当時の証言やインタビューが史実かどうかは分からない。その人の勘違いという可能性もあるかもしれない。ただ、朝鮮半島の方々を差別する意図はなく、悲しい歴史があったことを知ってもらいたいということで出したのは確かだと思う。その意味では、なぜこの企画があって、何を皆さんに伝えたいのかということをしっかり説明した上で注釈を付けるべきだったと思う。
安部敏樹氏(リディラバ代表):メディアを通して自分が戦時中にいるような気になるという、とても面白い試みだったと思うが、まず歴史と差別は繋がっているという認識を持つことが必要だったと思う。そして、こういった“投げかけ”によって多くの人に見てもらい、改めて戦争責任などについて考えてもらうのが目的だったはずが、注釈を入れていくことによって、広がりづらくなってしまうということもある。そこが本当に難しい。まず関心を持ってもらうという意味では、言葉遣いはマイルドなものにしておくべきだったのかもしれない。
佐々木氏:表現力の問題もある。『現代ビジネス』に執筆したが、『この世界の片隅に』という作品の場合、原作の漫画と片渕須直監督のアニメ作品では、主人公・すずの台詞が異なっている。終戦直後、呉の街に太極旗が翻り、朝鮮半島から来た人たちが喜んでいる。そして、すずが泣きながら喋るが、原作では“暴力で私たちは半島の人たちを従えとったってことか”というようなことを言うが、当時の日本人がアジア加害についてはそんな意識を持つはずがないと思う。そこで片渕監督は“海の向こうから来たお米や大豆やそんなもんでわしらはできとったんじゃな”というような台詞にした。この場面は批判を浴びた一方、ヘイトを煽るような台詞ではない。つまり、表現を和らげるのではなく、違う形の表現によって、当時の人たちのリアルな感覚を表現することが可能だということだ。NHKの企画そのものは評価できるが、もう少し研ぎ澄ました言語感覚で表現して欲しかった。
■戦後75年を経て浮き彫りになる「歴史教育」「平和報道」の限界
NHK広島放送局によると、アカウントは(一郎:広島のタウン誌編集者など。やすこ:広島の20代~30代の女性。シュン:広島の10代の若者たち)と監修者(劇作家・演出家)、総勢11人の企画参加者で運営していたという。さらに「日本史・SNSの専門家による監修を受けていた(個人名は非公表)」としている。
佐々木氏:ツイートに用語の間違いはあったにせよ、ごく普通の13歳の少年が平気でこういうことを言っていたということは史実だと思う。しかし、その史実はなかったと思いたい日本人たちの気持ちがある。太平洋戦争が始まったのは軍部が暴走したという理由だけではなく、民意が求めていたからでもある。だから開戦を知って、みんな大喜びしたわけだ。しかし、その事実を否定したい人が世の中にいっぱいいる。
実際、日本の戦争映画の大半は、民間人は反対していたという描かれ方をしれている。もちろんやむを得ない部分もあったかもしれないが、基本的には多くの人が積極的だったはずだ。また、朝鮮半島の人たちを差別していたのも戦争を賛美していた人たちと同様、特別な人たちだったんだと思い込むことによって、自分たちが悪だったというところから距離を置こうとしてきた。
もちろん今回はNHKの配慮が足らなかったと思う。しかし重要なのは、当時の普通の人の中にも差別の感覚があった、と言うことだ。この感覚を忘れてはいけないし、今の我々も引き受けなければならない問題だということだ。
安部氏:ツイートを批判している人たちは、差別をされる側の目線から批判しているが、自分たちも差別をする側に回る可能性があるし、事実そういう歴史がある、という目線から問題提起をすることが大切だったと思う。
金村:僕は1991年生まれなので、戦中・戦前の生まれの祖父や祖母の世代から話を聞くことができた。しかし今の高校生たちはそうではない。例えば大日本帝国というものは朝鮮半島だけでなく、台湾や樺太、南洋諸島の人たちも含んでいたわけだが、『ひろしまタイムライン』が問題になる以前から、それら旧植民地出身者の人たちの語りが全く出てこないという問題があった。そのことによって、本来向き合うべきである植民地への責任や、旧植民地出身者のことが見えなくなってしまっている。そういったところが語られるようになれば、差別や偏見も少しずつ変わってくるのではないか。
小野寺氏:やはり歴史認識をしっかり持つということが差別をなくすことに繋がると思う。例えば韓国は無理矢理に植民地化されたという主張もあるが、当時の国際法に照らし、きちんとした手続きを踏んだ併合だったので、日本には責任はないという主張もある。お互いがに正しい価値感で史実を見ていかなければ、そのような意見の食い違いが最終的に差別を生んでいくのだと思う。シュンくんの発言にしても、「同じ日本人だったのに、戦争が終わったら急に…」という気持ちからだったとすれば、それも理解できる面もあるし、日本人として朝鮮半島の方々に対しても反省する面もあると思う。
佐々木:日本人の太平洋戦争観は真っ二つに分かれている。戦後、我々は被害者だった、軍部が悪いと言う人が圧倒的に多く、70年代くらいになりと、アジアに対する加害者だったということも問題とされるようになっていった。一方で、なぜ太平洋戦争が起きてしまったのか、なぜ我々は止められなかったのかという分析も出てくるようになったが、その部分はあまりメディアでは言及されない。“平和報道”と言って、僕の新聞記者時代には夏が近づくと“そろそろ取材班を作らなければ”となり、元ひめゆり学徒隊の方などに話を聞きに行っていた。しかし戦争経験者が次々と鬼籍に入っていく今、そのような平和報道は限界に達しつつある。どのように平和について人々に伝えていくのか、さらに、そこにどうやって最新の歴史研究の成果を踏まえるのかが問われる時代になったということだ。
安部氏:アウシュヴィッツ収容所の日本人ガイドの方に伺ったのは、特に日本やドイツなどは戦争に負けたので、“それは軍部が勝手にやったこと”と、被害者のような感じになりがちだということ。しかし戦争は国民が望まなければ始まらない。そこでアウシュヴィッツでは、“こういうことがあったよね”だけではなく、いかに大衆も含め、多くの人が戦争に加担していたのかを理解・研究し、謝る・謝られるから一歩踏み込んだものとして機能している。日本も当事者の話を聞くだけではなく、どうして戦争してしまったのか、差別はどういう構造から生まれるのかということを理解する機会にしていかなければならない。
金村氏:今回の問題で言えば、新井俊一郎さんが書かれた日記の原文は公開されていないので、“書き起こしテキスト”だ。史実を語り継ぐ上で、そこは慎重にやらなければならない。そういった基本的な学問的手続きをやっていないこと、監修にした専門家についても明かされていないことなど、責任を負うはずのNHK広島の制作体制がいかに整っておらず、手続きも杜撰だったかということだ。それを検証しなければ、再び同じ過ちを繰り返すと思う。
小野寺氏:やはり朝鮮半島出身者の方々とは相容れない部分があると考える日本人がたくさんいるというのは、とても不幸なことだ。お互いが歩み寄り、一緒に住めて良かったねと思えるような日本にしなければならない。そのためには、しっかりと歴史に向き合う勇気が必要だ。例えば『おしん』を見て、「今なら児童虐待だろう」という話になるかもしれないが、その時は仕方がなかったという歴史があったこともしっかりと教育していかなければならない。日本人の価値観が時代とともに変わっていく中、そういうことをしてこなかったツケが出ていると思う。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
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